令和8(2026)年8月30日

インターネット上で誹謗中傷を受けても、相手の氏名や住所が分からなければ、損害賠償等を請求することはできません。そこで用いるのが「発信者情報開示」の手続です。

この制度をめぐって、総務省で見直しに向けた検討が進んでいます。令和8(2026)年7月27日の会合では、発信者情報開示ワーキンググループがまとめた「検討の論点整理」の案が示され、同年8月6日に確定版が公表されました。何が課題とされ、どの方向で議論されようとしているのかを整理します。

この記事のポイント

  • 検討は3つの柱に整理されました: ①令和3年改正で創設された裁判手続の実効性確保、②開示請求への対応の合理化、③手続の過程で得た情報の適切な取扱い、の3つです。
  • 中心にあるのは「時間切れ」の問題です: 提供命令の実効性を確保する仕組みと、契約者情報を有するプロバイダを迅速に特定する仕組みの検討が、論点として示されました。
  • 決まったのは「論点」であって制度改正ではありません: いずれも今後検討する事項として整理された段階であり、改正の内容が決まったわけではありません。

相手を特定できないまま終わることがある

XやInstagram、掲示板などで誹謗中傷を受けたとき、投稿者の氏名や住所が分からなければ、損害賠償を請求することは困難です。そこで使われるのが発信者情報開示の制度です。

この制度は、令和3(2021)年の法改正で発信者情報開示命令という裁判手続が設けられ(令和4年10月1日施行)、以前より使いやすくなりました。それでも実務では、「途中で通信の記録(ログ)が消えてしまった」「どのプロバイダが契約者情報を持っているのか分からない」といった理由で、結局、投稿者を特定できないことがあります。

こうした問題を検討するため、総務省の「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」のもとに発信者情報開示ワーキンググループが置かれ、令和8(2026)年6月1日に第1回会合が開かれました。同ワーキンググループは、第2回から第4回にかけてコンテンツプロバイダ・アクセスプロバイダ等からヒアリングを行い、7月23日の第4回会合で論点整理の案を了承しています。7月27日の合同会合ではこの案が報告され、了承されました。その後、令和8(2026)年8月6日に確定版が公表されています

検討は3つの柱に整理された

論点整理は、検討課題を次の3つの柱に整理しています。

検討課題
1令和3年改正で創設した裁判手続の実効性確保
2発信者情報開示請求への対応の合理化
3手続の過程で得た情報の適切な取扱い

これに加えて、「その他の検討課題」として個別の論点が挙げられています。

柱1──「時間切れ」をどう防ぐか

発信者情報開示では、SNS運営会社などのコンテンツプロバイダからIPアドレス等の情報を取得し、その情報をもとにインターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)をたどって、最終的に契約者を特定するという流れをとることがあります。

問題は、通信ログがいつまでも保存されているわけではないことです。手続を進めているうちに必要なログが失われれば、開示命令を得ても本人にたどり着けません。

論点整理は、これまでの会合で出された意見として、国内外の事業者の多くは提供命令に対応しているものの、提供命令に強制力がないため、対応しない例や対応に時間がかかる例があり、発信者の特定に至らないことがあるという指摘を挙げています。あわせて、プロバイダの多層化により手続が長期化し、開示請求が認められても発信者の特定に至らないおそれがあることも指摘されました。

そのうえで、プロバイダの提供命令への対応状況をふまえ、より迅速な発信者情報の特定・保全に向けて、提供命令の実効性を確保する仕組みの検討が必要ではないか、という論点が示されています。

あわせて、契約者情報を有するプロバイダを迅速に特定する仕組みの検討も論点とされました。この点については、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダの違いに加え、契約者情報を持つプロバイダと持たないプロバイダの違いをふまえる必要があるとされています。

「あと一歩のところでログが消えた」という失敗を減らせるかどうかは、この部分の設計にかかっています。

柱2──手続の合理化とプロバイダの負担

意見照会の在り方

開示請求を受けたプロバイダは、原則として、発信者に対し「あなたの情報を開示してよいか」と意見を尋ねます(意見照会。情報流通プラットフォーム対処法6条1項)。発信者側の手続を保障するうえで重要な仕組みですが、すべての事案で同じように照会する必要があるのか、回答があった場合にプロバイダがどこまで対応すべきなのかは、必ずしも明確ではありません。

会合では、意見照会を省略してもよいのではないかと思われる事案がある一方、意見照会が意義を発揮すべき場面もあり、その場合には適切に履行してもらう必要があるという、両面からの課題が指摘されている旨の説明がありました。単なる手続の省略の問題ではなく、開示を求める側と開示される側の双方の利益をどう調整するかという問題です。

論点整理も、発信者に対する意見照会の在り方についての検討が必要ではないかという論点を掲げています。

コンテンツプロバイダの関与

手続の進行状況によっては、コンテンツプロバイダの役割がいわば宙に浮いてしまい、十分に手続に関与できないのではないか、という課題も挙げられました。論点整理は、契約者情報を有するプロバイダの迅速な特定を図りつつ、主張立証の機会を必要とするプロバイダに対してその機会を確保する対応の検討を挙げています。

大量請求と負担の分担

もう一つが、開示請求件数の増加に伴うプロバイダの負担です。SNS上の誹謗中傷だけでなく、P2Pソフトにおける著作権侵害に関して非常に膨大な開示請求がなされており、プロバイダの負担となっていることが指摘されました。論点整理は、開示請求への対応にあたってプロバイダに生じる負担の分担について検討が必要ではないか、としています。

なお、この点に関連して、会合では構成員から手数料の在り方について質問がありました。これに対しては、プロバイダに手数料の請求を認めるとした場合には一般的な考え方をまず整理する必要があること、他方で発信者情報開示請求は権利の行使であるから、金額や料金体系についても正当な請求を萎縮させないような配慮が最大限求められることが、ワーキンググループでも共有されている旨の説明がされています。手数料の制度を設けること自体が決まっているわけではありません。

柱3──開示で得た氏名をネットで「晒す」のは?

3つ目の柱は、開示によって取得した氏名や住所などをSNS上で公表する、いわゆる「晒し」の問題です。これによって発信者に過度な負担が生じているのではないか、という問題意識が示されています。

論点整理は、手続の過程で得た情報を公表する等の行為は、基本的には発信者情報開示制度の制度趣旨に適合しないのではないか、という論点と、現行法の下での対応に課題はあるか、という論点を挙げています。

もっとも、公表を一律に禁じる方向が決まったわけではありません。会合では、いわゆる晒し行為が一般法によって不法行為になり得ることは前提であり、特別な対応が必要かどうかは、現段階で方向性があるというよりフラットに検討することになる、との説明がされました。そのうえで、仮に追加的な対応が必要となった場合でも、開示された情報を公表することに公共性・公益性が認められる場合もあり得るため、表現の自由との関係で十分な配慮が必要である、という点も述べられています。

現在でも、氏名などをネット上で公開すれば、内容や態様によってはプライバシー侵害や名誉毀損として責任を負う可能性があります。また、情報流通プラットフォーム対処法にも、開示を受けた者の義務として、発信者情報をみだりに用いて、不当に発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならないとの規定があります(同法7条)。そのうえで発信者情報開示制度独自のルールを設ける必要があるかが、今後の検討課題ということになります。

その他の検討課題

論点整理は、3つの柱のほかに、本ワーキンググループで挙がった意見もふまえ、必要に応じて他の論点も適宜検討の対象とするとしています。挙げられている意見の例は、次のとおりです。

  • ・プロバイダによるログの特定に誤りがあった場合に負う損害賠償請求や間接強制のリスクについて、事業活動に伴うコストとのバランスをふまえた検討
  • ・意見照会義務の適切な履行、及び意見照会の結果に基づきプロバイダがどこまでの対応をすべきかの整理
  • ・「特定電気通信による情報の流通によって」(情報流通プラットフォーム対処法5条1項)の解釈について、判例等をふまえた整理

最後の点は、どのような通信が開示の対象になるのかという入口の問題であり、実務への影響は小さくありません。

まだ「制度改正が決まった」わけではない

注意したいのは、今回まとまったのが、あくまで「今後検討すべき論点」だということです。

提供命令の実効性を確保する具体的な仕組み、プロバイダの負担の分担や手数料、意見照会を省略できる場面、開示の過程で得た情報の公表への対応。いずれも、これから議論される事項として整理された段階にとどまります。

ただ、発信者情報開示制度が、令和3年改正後の運用の実績をふまえて次の見直しの段階に入ったことは確かです。

被害を受けた側にとっては、「投稿者を最後まで特定できる制度になるか」が重要です。他方、発信者側にとっては、誤った特定や過度な個人情報の公開を防ぐ仕組みも必要です。インターネット上の権利侵害をめぐる実務では、速さと慎重さの両方が求められます。今後の制度設計がこの二つをどこまで両立できるのか、引き続き注目する必要があります。

出典・参照資料