ネット中傷の慰謝料はいくら?──法務省の調査が示した「中央値30万円」
令和8(2026)年8月23日
令和8(2026)年4月、法務省民事局が「インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書」を公表しました。ネット上の誹謗中傷で認められる慰謝料等(個人の精神的苦痛や、法人の無形損害などに対する金銭賠償)が低いのではないか、という指摘を受けて実情を調べたものです。
対象は、民間の裁判例データベースから一定の条件で抽出された対象裁判例203件です。うち118件が主にインターネット上の媒体による事案、85件が主にインターネット以外の媒体による事案でした。
インターネット上の事案で認められた慰謝料は、中央値(=金額の順に並べたときの真ん中の値)で30万円でした(なお、慰謝料のほか、発信者情報開示に要した費用等が認められます。)。報告書の数字を紹介したうえで、この水準をどう考えるかについて述べたいと思います。
この記事のポイント
- ネット上の事案は中央値30万円: 平均47.0万円、中央値30.0万円で、30万円未満の事案が46.6%を占めます。
- ネット以外の媒体のほうが高い: 平均88.8万円、中央値40.0万円で、ネット上の事案より高い水準にあります。
- 全事件を拾った統計ではない: 特定のデータベースからの抽出であり、同種事案全般の傾向を直接反映するものではない点に留意が必要です。
何を調べた報告書か
法務省民事局が令和6年度から令和7年度にかけて行った調査です。慰謝料が低廉ではないかという指摘、とりわけインターネット上の誹謗中傷についての指摘を受け、実情の把握を目的に実施されたものです。
民間の裁判例データベースから、令和4年・5年と平成24年・25年の判決を検索し、名誉権又は名誉感情の侵害を認めて賠償を命じた事案を抜き出したものです。
認められた慰謝料の額
203件全体では、中央値30.0万円、平均64.5万円でした。10万円未満が7.4%、10万円以上30万円未満が32.0%で、あわせて4割近くが30万円未満です。一方で、200万円以上の事案も1割ほどあります。
インターネット上の118件では、平均47.0万円、中央値30.0万円で、30万円未満が46.6%(55件)を占めます。これに対しインターネット以外の85件は、平均88.8万円、中央値40.0万円で、30万円未満は29.4%(25件)にとどまります。マスメディアによる事案は平均161.0万円、中央値110.0万円と、さらに高い水準です。
10年前と比べて上がったのか
インターネット上の事案の平均は、平成24年・25年が97.5万円、令和4年・5年が44.3万円で、数字の上では下がっています。ただし、「相場が半分になった」と読むべきではありません。平成24年・25年のネット事案は6件しかなく、令和4年・5年の112件とは母数が違いすぎます。
この水準をどう考えるか
私は、この水準は低すぎると考えています。
一つは、被害者が費やすものと釣り合わないことです。投稿を保存し、投稿者を特定し、訴訟を経て判決を得るまでには相応の時間と費用がかかります。その先に中央値30万円では、被害回復が十分でないと感じる方が多いはずです(発信者の特定に要した費用についても損害として賠償されますが、多くの場合は1割から3割程度にとどまります)。
もう一つは、投稿する側から見た抑止力です。匿名の投稿について賠償を求めるには、まず発信者情報開示の手続で投稿者を特定しなければなりません。通信記録の保存期間の関係で、特定に至らないこともあります。特定されない可能性まで織り込めば、投稿する側の見込みの負担は30万円よりさらに小さくなります。これでは、「書いたもの勝ち」という状況を招きかねません。
もっとも、額を引き上げればよいという単純な話でもありません。日本の慰謝料は、加害者を制裁するためのものではなく、生じた精神的苦痛を金銭で埋め合わせるものと位置づけられています。法務省が令和7(2025)年2月に公表した6か国の制度調査でも、加害者が得た利益を取り上げる仕組みが働く場面に名誉毀損は含まれていないと指摘されており、諸外国に倣えば済む状況でもありません(ただし、この比較調査は米英の原状回復法を調査対象に含めておらず、報告書自身も比較材料が十分ではないと断っています)。
また、慰謝料の額そのものの議論と並行して、投稿者の特定に要した費用がどこまで加害者の負担とされるかについても議論が必要であると思います。
まとめ
インターネット上の事案で認められた慰謝料は、平均47.0万円、中央値30.0万円でした。対象裁判例では、主に用いられた媒体の類型によって、認容された慰謝料額の分布に開きがみられました。
被害を受けた側からすれば、この水準は低いと感じられるのではないでしょうか。少なくとも、「書いたもの勝ち」という状況にならない程度の額に引き上げられるべきであると思います。
出典・参照資料
- ・法務省民事局「インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書」(令和8(2026)年4月)|報告書(PDF・法務省)
- ・公益社団法人商事法務研究会「不法行為に基づく損害賠償制度に関する調査研究報告書」(令和7(2025)年2月)はしがき2頁|報告書(PDF・法務省)
- ・法務省「不法行為に基づく損害賠償請求に関する国内外の制度等に関する調査・研究について」
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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弁護士(東京弁護士会・2009年登録)/内幸町国際総合法律事務所 パートナー
インターネット上の投稿に関する発信者情報開示請求、削除請求、損害賠償請求及び意見照会への対応を主に取り扱っています。 従業員・元従業員による投稿や転職クチコミなど、インターネット問題と労働法務が交差する案件にも対応しています。
主な著作(いずれも共著)
- 『事例大系 インターネット関係事件 紛争解決の考え方と実務対応』ぎょうせい・2025年
- 『最新事例でみる 発信者情報開示の可否判断』新日本法規出版・2022年
- 『最新 プロバイダ責任制限法判例集』LABO・2016年
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