弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

インターネット上の誹謗中傷、投稿者の特定にかかる費用はどこまで認められる?


令和7(2025)年7月16日

インターネット上の匿名での誹謗中傷。被害者はまず発信者(投稿者)を特定する必要があります。この発信者特定に要した費用(調査費用)について、裁判所はどの程度損害として認めるのかにつき、近時の裁判例をふまえて解説します。

この記事のポイント

  • 調査費用が損害と認められる基本的な考え方
  • 損害として認められる費用の具体的な範囲
  • 裁判所はどのように賠償額を決めているのか(判断基準と具体例)
  • 個別の事案によって賠償額が変わる理由

調査費用を損害と認める基本的な考え方(規範)

多くの裁判例において、裁判所は発信者を特定するためにかかった費用を「不法行為と「相当因果関係」のある損害」として認めています。そのロジックは以下の通りです。

1. 特定の必要性

インターネット上の匿名投稿が不法行為(名誉毀損など)にあたる場合、被害者が損害賠償請求などの法的手段を講じるには、まず侵害者である投稿者を特定する必要があります。

2. 法的手段の利用

投稿者の特定には、多くの場合、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(情報流通プラットフォーム対処法)に基づく発信者情報開示請求といった裁判手続きを利用することになります。

3. 費用の発生

これらの手続きは専門知識を要するため、弁護士への依頼が事実上必須となり、弁護士費用などの手続費用が発生します。

4. 相当因果関係

上記の理由から、発信者特定のために要した費用は、原因となった不法行為(投稿)との間に「相当因果関係」がある損害と判断されるのです。

損害として認められる費目の範囲

裁判例では、主に以下の費用が損害として検討されています。

  • 弁護士費用: 多くの事案で、発信者情報開示手続きを弁護士に委任した際の着手金や成功報酬が損害として認められています。
  • 弁護士会照会費用: 携帯キャリアなどへの契約者情報照会にかかる実費は、訴訟提起に必要不可欠な調査費用として、損害と認められる傾向にあります。
  • 印紙代など: 一方で、発信者情報開示請求訴訟の印紙代などの実費は、本来その手続きの相手方であるプロバイダが負担すべきものであるとして、投稿者の不法行為との相当因果関係を否定した裁判例(東京地裁 令和4年11月17日ウエストロージャパン2022WLJPCA11178006など)があります。

裁判所の判断基準と具体例

裁判所は、原告が実際に支出した調査費用の全額を常に認めるわけではありません。「「社会通念上相当と認められる」かどうかで不法行為との相当因果関係を認めているものが多いといえます。その判断では、様々な事情が総合的に考慮されます。

全額を認めた例

東京高裁 令和3年5月26日判決 (ウエストロージャパン2021WLJPCA05266002)

弁護士費用合計88万5600円について、「不可避的に生じた費用」「合理性や相当性を疑わせる事情もない」として全額を損害と認定。

東京地裁 令和5年12月7日判決 (ウエストロージャパン2023WLJPCA12078006)

弁護士費用合計55万円について、「不相当に過大なものとはいえない」として全額を損害と認定。

前橋地裁 令和5年12月8日判決 (ウエストロージャパン2023WLJPCA12086003)

弁護士費用27万7446円について、「社会通念上相当な範囲内」として全額を損害と認定。

支出額の一部を認容した例

多くの裁判例では、裁判所が諸般の事情(不法行為の程度、慰謝料額との均衡、事案の難易度など)を考慮し、調査費用として支出された金額の一部を損害として認定しています。

東京高裁 令和5年8月31日判決 (ウエストロージャパン2023WLJPCA08316013)

調査費用100万7000円について、一切の事情を総合考慮し、70万円を相当因果関係のある損害と認定。

東京地裁 令和5年12月1日判決 (ウエストロージャパン2023WLJPCA12018006)

調査費用77万円について、事案の内容等を考慮し、うち33万円を損害と認定。

一体評価の例

発信者特定のための調査費用と、その後の損害賠償請求訴訟(本案訴訟)の弁護士費用を一体として評価し、相当と認められる額を損害として認定する裁判例もあります。

調査費用と弁護士費用を一体評価した例

東京地裁 令和5年10月27日判決 (ウエストロージャパン2023WLJPCA10278017)

調査費用44万円を本案訴訟の弁護士費用と併せて評価。慰謝料額(40万円)との均衡等を考慮し、16万円を「弁護士費用(調査費用も含む)」として損害と認定。

まとめ

裁判所は、匿名投稿による権利侵害が生じた場合において、被害者が発信者を特定するために要した費用を、不法行為と相当因果関係のある損害として一定額を認める傾向にあります。これは、発信者を特定しなければ被害回復の手段を講じることが事実上不可能であるという実態を反映したものです。

しかし、調査費用として支出した全額が損害として認められるケースはあまり多くありません。裁判所は、不法行為の態様、被害の程度、認容される慰謝料額とのバランス、手続きの難易度など、事案における一切の事情を総合的に考慮し、公平の理念に基づき、社会通念上相当と認められる範囲で裁量的に損害額を認定する傾向にあるといえるでしょう。

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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