弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

【裁判例解説】独身偽装・SNSでの「晒し」行為等をめぐる複合的な紛争につき裁判所はどう判断したか

令和7(2025)年12月7日

1. 事案の概要

当事者と関係

  • 原告X1:既婚男性(データ系エンジニア)。妻Aとの間に子B。
  • 原告X2:X1の母。
  • 被告Y:女性ソフトウェア・エンジニア。X1と同じ会社a社に入社し、そこで知り合う。

交際経過(裁判所認定の骨子)

1. a社での接点と交際開始

  • 令和元年12月、被告がa社に入社。原告X1(以下「X1」)が「1on1ミーティング」等を通じて指導。
  • X1は自ら被告を食事に誘い、二人での飲食を繰り返す。
  • 令和2年1月10日・24日・2月28日の各食事後、X1は被告に対しキス等の身体接触を行う。
  • この間、X1は自ら既婚であることをYに示していなかった

2. 婚姻事実の告知とその後の交際

  • 令和2年2月28日、食事後に被告宅でX1が初めて既婚であることを告げる。
  • 被告は「騙されて不倫させられた」趣旨の強い不満・傷つきをメッセージで示す。
  • その後も、
    • 3月2日の被告宅での話し合い、
    • 4月1日のレンタルスペースでの一日(性交類似行為を含む)、
    • 5月以降の外出・被告宅での滞在など
    を経て、「X1がAと離婚して被告と一緒に暮らすか否か」を巡る交際が継続

3. 破局と被告の不満の増大

  • X1は6月下旬頃、「離婚を進めることはできない」と告げる一方、「やはり別れたくない」と揺れ動く。
  • 被告は精神的に追い詰められつつも、再度会うことを承諾するメッセージを送り、最終的に「責任を取る気がない」とX1を非難して別れを告げる。
  • しかしその直後も、被告から「精神的に辛い」との連絡があり、X1が被告宅を訪れるなど、関係は断続的に続く

4. 7月13日の被告宅訪問・口腔性交

  • X1は被告の承諾を得て、7月13日に被告宅を訪問。
  • その場で被告がX1に口腔性交を行った事実は認定。ただし、
    • 被告主張のような「強制・無同意」「過呼吸状態での強要」とまでは認められず、
    • 同意の有無については、「同意なき強要」とまでは認定されない

5. X1退職と、被告の一連の対抗行為

  • X1はa社を退職し、b社に転職。
  • 被告は、
    • Twitter上での一連の投稿(本件各投稿記事)、
    • b社宛メール(X1の退職を求める内容)、
    • 妻A・義父D・X1の両親宛の手紙(本件手紙1〜3)、
    • 原告X2(以下「X2」)への電話(本件電話。実名報道と1000万円・b社退職を結びつける内容)、
    を行う。

6. e誌記事と仮処分

  • e誌が「在宅勤務中のセクハラ問題」をテーマに記事を掲載。X1・被告の実名は出ず。
  • X1は、実名報道を警戒してe誌運営会社に掲載禁止仮処分を申し立て。

訴訟構造

  • ● 本訴1(X1→Y)
    • Twitter投稿による名誉毀損
    • 親族宛手紙による名誉感情侵害・脅迫
    • b社宛メールによる名誉毀損(又は名誉感情侵害)
    • X2への電話による脅迫・脅迫
    • 合計約2,685万円の損害賠償請求等。
  • ● 本訴2(X2→Y)
    • 上記電話による脅迫・脅迫に基づく慰謝料請求(165万円)。
  • ● 反訴(Y→X1・X2)
    • X1について:
      1. 既婚事実を秘して性行為に及んだこと
      2. 7/13の口腔性交の強要
      3. 根拠のない高額請求訴訟の提起
      に基づく損害賠償(550万円)。
    • X2について:
      本件電話におけるX2の発言(被告の両親に告げる等)が不法行為と主張(165万円)。

2. 争点

主だった争点を整理すると、以下のとおりです。

  1. Twitter投稿(本件各投稿記事)の違法性
    • (1) 同定可能性
      被告の投稿が、一般の閲覧者から見て「X1を指すもの」と認識し得るか。
    • (2) 摘示事実と社会的評価の低下
      不倫常習、セクハラ、ストーカー行為等の事実を摘示しているか。
    • (3) 違法性阻却事由
      公共性・公益目的の有無、真実性/真実と信じるにつき相当な理由の有無、意見・論評としての域を逸脱していないか。
      → 結論としての「名誉毀損の成否」。
  2. 手紙(本件手紙1〜3)の違法性
    • (1) 手紙の作成者(帰属)
      被告が作成・送付したと認められるか(指掌紋不一致をどう評価するか)。
    • (2) 名誉感情侵害の成否
      内容(「強姦」「卑劣」「人間として許されない」等)が社会通念上許容される範囲を超えるか。
    • (3) 脅迫の成否
      「子Bに伝わる」「学校に広まる可能性」等の記載が、民法上の脅迫的行為に該当するか。
  3. b社宛メール(本件メール)の違法性
    • (1) 被告が送信したか(帰属)
    • (2) 名誉毀損の成否
      「公然性」(不特定又は多数への伝播可能性)があるか。b社内部の調査手続にとどまる場合でも、名誉毀損が成立するか。
    • (3) 名誉感情侵害の成否
      会社幹部・外部弁護士に対する通報でも、本人の人格権侵害となるか。
  4. X2への電話(本件電話)の違法性
    • (1) 発言内容の認定
      「実名報道を匿名にする代わりに1000万円と退職を要求したか」。
    • (2) 脅迫/脅迫に該当するか
      子の実名報道と金銭・退職要求の結合が、民事上の不法行為(脅迫)として評価されるか。
    • (3) 被害主体
      電話を受けたX2だけでなく、X1に対しても不法行為が成立するか。
  5. X1の行為の違法性(被告の反訴)
    • (1) 既婚事実を秘して性的接触をした行為
      キス等にとどまる行為であっても、「性的自己決定権侵害」として不法行為が成立するか。
    • (2) 口腔性交の強要の有無
      被告供述の信用性と、チャットのやりとりとの整合性。
    • (3) 訴え提起行為の違法性(訴権の濫用)
      経済的損害2000万円請求等が、昭和63年1月26日最判型の「著しく相当性を欠く訴え」に当たるか。
  6. X2の発言の違法性(被告の反訴)
    • 被告が主張する、X2による「被告両親への告知をほのめかす発言」等が、被告に対する不法行為となるか。
  7. 損害額・因果関係
    • 各不法行為と主張損害(株式取得不能、指紋鑑定費用、仮処分費用等)の相当因果関係。
    • 慰謝料額の相場的評価・相殺的考慮(双方に違法行為がある点)。

3. 裁判所の判断

3-1 Twitter投稿(名誉毀損)について ― 同定可能性否定

裁判所は、本件各投稿記事について「X1の同定可能性」を否定し、名誉毀損成立を否定した。

主要な理由:

  1. 被告アカウントは多数のツイートを継続的に行っており、「具体的な経験を匂わせる投稿」(関連投稿)と「一般論・啓蒙的投稿」が混在している。
  2. 氏名を示す投稿(本件各氏名摘示投稿)は、時系列上、関連投稿とは離れており、タイムライン上も他の多数投稿に埋没している。一般の閲覧者の通常の注意では、「この氏名の人物=具体的なセクハラ加害者」の結びつきまでは到達しにくい
  3. 被告アカウントをフォローする層には業界関係者も含まれるが、せいぜい「被告とX1の間でセクハラ/貞操権侵害に関する何らかのトラブルがあったらしい」程度の認識にとどまり、各投稿内容をX1に特定して理解するには至らない。

よって、本件各投稿記事による名誉毀損は不成立。(公共性・真実性などの違法性阻却の検討に踏み込むまでもなく、請求棄却)

3-2 親族宛の手紙(本件手紙1〜3)について ― 名誉感情侵害+脅迫成立

1. 作成者の認定(帰属)

指掌紋鑑定では被告のものと一致する指紋は出なかったが、内容が被告の主張や経過と極めて符合すること、手紙2にはX1と被告の写真が添付されていること、他の女性(X1との不倫関係者)がこれを送る合理的理由は見出し難いことから、「被告以外が送付したとは到底考えられない」として被告による送付を認定

2. 名誉感情侵害

内容は、X1を「卑劣」「人間として許されない」「セクハラや強姦のようなひどい行為を繰返す可能性が高い」等と強い表現で非難。一部に、事実経過と異なる点や確証のない事項も含まれる。3通にわたり執拗であり、社会通念上許容される感情表現の範囲を超え、名誉感情(人格権)を違法に侵害すると判断。

3. 脅迫の認定

「この事が広まればBが将来良くない形で知る」「学校や保護者に伝わる可能性」等の記載と、「b社からいなくなるべき」「損害賠償を支払うべき」との要求が結びついている点から、X1に対し、b社退職や賠償に応じなければ、子や周囲に性的スキャンダルが伝わるおそれがあると感じさせる内容であり、脅迫の成立を認めた。

3-3 b社宛メール(本件メール)について ― 名誉感情侵害のみ認定

  • 帰属認定:内容が被告の主張と軌を一にし、被告がX1にb社退職を求めている経過とも整合。他の者が送る合理的理由は見当たらず、被告が送信者と認定
  • 名誉毀損性(公然性)の否定:メールはb社幹部C宛に送信され、b社は外部弁護士に調査を依頼し、調査は機密扱いとされ、担当者と弁護士以外に話さないよう指示された。結果として、メール内容が外部・不特定多数に拡散された形跡はない。→ 「公然性」「伝播可能性」が認められず、名誉毀損は成立せず。
  • 名誉感情侵害の肯定:内容自体は、事実経過と異なる点・確証のない点を含めつつ、X1を性的不品行者として強く非難。それにより、X1は会社から調査・事情聴取を受け、自らに不名誉な情報が会社幹部に伝えられたことを知って精神的苦痛を受けた。→ 社会通念上許容される範囲を超えた人格権侵害として、名誉感情侵害を認定

3-4 X2への電話(本件電話)について ― X1・X2双方に対する不法行為

認定内容:被告はX2に対し、「ネットニュースにX1の記事が出る。実名か匿名かは自分の匙加減」「実名を避けたければ1000万円を支払い、b社を辞めるようX1に伝えよ」と述べた。

法的評価:これはX2に対し、「子であるX1に実名報道という重大な不利益が生じる」ことを示し、それと引換えに金銭・退職を要求するものであり、X2にも畏怖を覚えさせるに足る内容。また、X2に伝言することが予定されている以上、X1も当然これを知ることになり、同様に畏怖を与える。→ X1・X2両名に対する脅迫的な不法行為として成立。

3-5 X1の不法行為(反訴)について ― 「婚姻秘匿+キスのみ」でも性的自己決定権侵害を肯定

1. 婚姻事実秘匿下でのキス行為

相手が既婚か否かは、キスを含む性的接触の可否を決める上で「重要な要素」であり、通常人もその重要性を認識し得る。X1は、婚姻事実を明示しないまま、被告を繰り返し食事に誘い、2度キスを行った。当時、被告が「既婚者でも構わない」と考えていた事情はうかがえない。
→ X1の行為は、被告の性的自己決定権を侵害するものであり、不法行為(民709条)に該当

2. 強制的口腔性交等その他主張について

被告の供述は、過去のチャットログ等との整合性を欠き、重大な性的侵害があったなら当然出てくるはずの抗議・糾弾が、後日のやりとりに現れないことなどから、信用性が否定。7月13日の口腔性交についても、「同意なき強要」とまでは認定せず、不法行為は否定

3. 訴権濫用(不当訴訟)について

経済的損害2000万請求等が、昭63最判型の「著しく相当性を欠く訴え」に当たるかが問題となったが、裁判所は「法的・事実的根拠が全くないとは言えないこと」「X1が自ら根拠の欠如を認識していたとまでは言えないこと」から、訴権の濫用には当たらないとした。

4. 被告の損害

X1の婚姻秘匿+キス行為のみを不法行為と認定し、慰謝料10万円+弁護士費用1万円=計11万円を認容。

3-6 損害額のまとめ

  • X1 → Y(本訴1):手紙・b社メール・電話に関する一連の不法行為について、慰謝料50万円のみを認容。(指紋鑑定費用19.8万円、b社株式取得不能による2000万円、仮処分弁護士費用33万円は、いずれも相当因果関係否定)
  • X2 → Y(本訴2):電話による精神的苦痛につき慰謝料20万円+弁護士費用2万円=22万円を認容。
  • Y → X1(反訴):婚姻秘匿下でのキス行為につき、慰謝料10万円+弁護士費用1万円=11万円を認容。
  • Y → X2(反訴):X2による電話での発言は不法行為に当たらないとして、請求棄却

4. 本判決に対する検討

  • 同定可能性判断の厳しさについて:本件は、被告アカウントのフォロワーの多くが同じ業界の関係者であり、「誰のことか分かる」(=同定可能性あり)という判断もあり得たのではないかと思いますが、裁判所は一般的閲覧者の視点を重視して同定可能性を否定しました。
  • 被害者側の行為評価のバランス:X1の婚姻秘匿・不誠実な交際態度が「被告の不満にやむを得ない部分」を生んだことを認めつつ、手紙・メール・電話による行為を「行き過ぎ」として厳しく違法評価しています。ハラスメント・貞操権侵害事件では、被害者が感情的に過激な行動に出やすいですが、本判決は「被害者だからといって報復的な人格権侵害が許されるわけではない」ことを明確にしました。
  • 慰謝料水準の評価:相互に違法行為があること、交際の継続期間・双方の言動などを斟酌した結果とみられますが、被害感情の強さからするとやや低額との印象も否めません。実務では、当事者の相互非難・互いの落ち度があるケースでは、慰謝料はこの程度に収れんするとの相場感を示すものとして参照されます。
  • 性的自己決定権侵害の位置づけ:婚姻秘匿下でのキス行為を明示的に「性的自己決定権侵害」と位置づけたことは、性的同意概念の広がりを映すものとして評価できます。一方で、強制口腔性交を認定しなかった点については議論があり得ますが、本件ではチャットログ等との整合性からして、裁判所の証拠評価は一定の説得力を持つと言えます。
  • 総括:本判決は、SNS名誉毀損の同定可能性、性的自己決定権侵害の射程、被害者による報復的行為の違法性といった論点を含み、実務的に参考になる事案といえるでしょう。

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