弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

実名がなくても「自分のこと」といえるか──同定可能性と最高裁平成15年判決

令和8(2026)年7月25日


インターネット上に自分を中傷する投稿があっても、実名が書かれていないことがあります。この場合に「誰のことか分からないのだから問題ない」といえるのかを考えるうえで参考になるのが、最高裁判所第二小法廷が平成15(2003)年3月14日に言い渡した判決です。

週刊誌が、殺人などの罪で起訴されて公判中だった被告人(以下「Aさん」とします)について、実名をもじった仮名を使い、その経歴や交友関係を記載した記事を掲載した、という事案です。最高裁は、Aさんと面識のある読者などであれば、記事とAさんを結び付けられる可能性があると述べました。

もっとも、この判決はAさんの請求を認めたものではありません。差し戻された後の高等裁判所は、記事を公表する理由が優越するとして請求を退け、その判断が確定しています。実名のない投稿について「同定可能性」(=その投稿が誰について書かれたものかを特定できること)を考えるときは、この経過まで含めて押さえておく必要があります。

この記事のポイント

  • 実名がなくても侵害は生じ得る: 最高裁は、本人と面識のある読者などが手持ちの知識を手掛かりに記事と本人を結び付けられる場合について、名誉毀損・プライバシー侵害に当たる内容を含むと判断しました。
  • どの権利の問題かで「誰が分かればよいか」が変わる: 同じ記事でも、当時の少年法が禁じる報道に当たるかは「不特定多数の一般人」を基準に判断され、こちらは否定されました。
  • 同定可能性が認められても結論は決まらない: 差戻し後の高等裁判所は、記事が伝わる範囲が限られていたことなども踏まえて請求を退けました。同定可能性は出発点にすぎない点に注意が必要です。

事件の背景

平成9(1997)年、週刊誌が、連続して起きた殺人・強盗殺人などの事件で起訴され、公判中だったAさんについての記事を掲載しました。Aさんは犯行当時18歳、記事の掲載当時は21歳でした。

記事はAさんの実名を使っていません。しかし、用いられた仮名は、当時のAさんの実名をもじった、よく似た名前でした。加えて、法廷での様子や犯行の一部に触れつつ、生年月・出生地・非行歴・職歴・交友関係といった、Aさんの経歴と合致する事実が詳しく書かれていました。

Aさんは、名誉を毀損されプライバシーを侵害されたとして、発行元の出版社に損害賠償を求めました。第一審と控訴審はAさんの請求を一部認めましたが、出版社が上告し、最高裁が判断することになりました。

裁判での争点

Aさん側は、実名に似た仮名と詳細な経歴の記載により、知人や地元の人には本人だと分かる、と主張しました。犯行時18歳であったことから、当時の少年法61条(令和3年改正前少年法61条。以下同じ)が禁じる報道にも当たるとしています。同条は、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等により本人であることを推知できるような記事や写真を出版物に掲載してはならないと定めていました。

出版社側は、仮名を用いており本人を特定できるほどの記載はないと反論しました。記事は公共の利害に関する事実について、公益を図る目的で書かれたものだ、とも主張しています。

最高裁判所の判断

1. 面識のある読者が分かるのであれば、侵害に当たる内容を含む

最高裁は、Aさんと面識がある人、あるいはAさんが事件の犯人であることやその経歴を知っている人であれば、その知識を手掛かりに、記事がAさんに関するものだと推知することが可能だとしました。そして、読者の中にそうした人がいた可能性は否定できないと述べています。

さらに、その中には記事を読んで初めて、それまで知っていた以上のことを知った人がいた可能性も否定できないとしました。そのうえで、記事がAさんの名誉を毀損しプライバシーを侵害する内容を含むとした控訴審の判断を、その限りにおいて是認しています。

2. 少年法が禁じる報道かどうかは、より広い読者を基準にする

他方、令和3年改正前少年法61条が禁じる報道(推知報道)に当たるかについては、「不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうか」を基準にすべきだとしました。

そして、この記事にはAさんと特定するに足りる事項の記載がないため、面識のない一般の読者がAさんだと推知できるとはいえないとして、同条には違反しないと判断しました。同じ記事でも、何の権利や制度との関係で問題になるかによって、「誰が本人だと分かればよいのか」が変わり得ることになります。

3. 侵害に当たる内容を含むことと、賠償が認められることは別

最高裁は、記事が名誉を毀損しプライバシーを侵害する内容を含むとしても、賠償責任が生じるかは、侵害された利益ごとに個別に判断すべきだとしました。名誉毀損であれば内容の公共性や公益目的、真実性などが認められるか、プライバシーであれば公表されない利益より公表する理由が優越するか、といったことです。

控訴審がこの検討をしていなかったため、最高裁は控訴審判決のうち出版社が敗訴した部分を破棄し、審理を名古屋高等裁判所に差し戻しました。差戻し後の同高裁は、平成16(2004)年5月12日、名誉毀損については真実性等が認められ、プライバシーについても公表する理由が優越するとして、Aさんの請求を退けています。この判決は、上告が棄却され、上告受理の申立ても受理されなかったことにより確定しました。

ネット上の投稿にとっての意味

「世の中の誰もが分かること」までは必要でない

インターネット上の投稿でも、全国の誰もが対象者を特定できなければならないわけではありません。職場、学校、取引先、地域、業界内など、対象者を知る人々がその投稿を本人についてのものだと理解できるかどうかが問われます。

そのため、イニシャルや伏字が使われていても、会社名、部署、役職、地域、年齢、異動歴などの組合せから対象者が一人に絞られることがあります。従業員数の少ない会社、小規模な学校、地域の店舗など、母数が小さい場では、少ない情報でも足りてしまいます。店舗のクチコミで店名が明示されている場合も、店舗や運営会社と、経営者や従業員個人とで、結論が分かれることがあります。

「なぜ分かるのか」を分解して示す

「これは私のことです」という説明だけでは足りません。①どのような読者が投稿を見るのか、②その読者は対象者について何を知っているのか、③投稿中のどの記載とその知識が結び付くのか、を具体的に示す必要があります。「取引先は当社に営業部長が一人しかいないことを知っている」「投稿の直後に顧客から問い合わせがあった」といった事情が、その材料になります。

平成15年判決が「読んで初めて知った人がいた可能性」に触れていることからは、④その読者が投稿によって新たに何を知ったのか、も整理しておくべきことになります。

同定可能性は入口にすぎない

もっとも、同定可能性が認められれば削除や発信者情報開示が認められる、というわけではありません。差戻し後の高等裁判所は、記事が伝わる範囲が限られていたことを、むしろAさんに不利な事情として考慮しました。範囲が狭いことは、同定可能性を認めやすくする一方で、公表する理由との比較や損害の評価では逆に働き得るということです。

発信者情報開示の場面では、権利が侵害されたことが「明らかである」ことまで求められます。同定可能性を越えられるかどうかは、その手前の関門にあたります。

まとめ

実名が書かれていないことだけを理由に、名誉毀損やプライバシー侵害が否定されるわけではありません。他方で、本人だけが「自分のことだ」と分かる場合と、第三者も対象者を認識できる場合とは区別しなければなりません。

投稿が削除されたり、投稿者のプロフィールが変更されたりすると、誰について書かれたものかを示す情報は失われます。問題の投稿を見つけたときは、前後の投稿やプロフィール、リンク先、知人から届いた連絡まで含めて、早めに保存しておくことが重要です。

出典・参照資料

  • ・最高裁判所第二小法廷 平成15(2003)年3月14日判決(平成12年(受)第1335号・損害賠償請求事件)民集57巻3号229頁、判例時報1825号63頁、判例タイムズ1126号97頁。結果:破棄差戻し|判決全文(PDF・裁判所ウェブサイト)
  • ・名古屋高等裁判所 平成16(2004)年5月12日判決(平成15年(ネ)第275号)判例時報1870号29頁、判例タイムズ1198号220頁。結果:原判決中出版社敗訴部分の取消し・請求棄却(上告棄却、上告不受理により確定)|判決全文(PDF・裁判所ウェブサイト)
  • ・参考:最高裁判所第二小法廷 昭和31(1956)年7月20日判決(昭和29年(オ)第634号)民集10巻8号1059頁(記事の内容が名誉を毀損する意味のものかは、一般読者の普通の注意と読み方を基準に判断すべきとしたもの)
  • ・令和3年改正前少年法61条

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本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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弁護士 櫻町直樹

櫻町 直樹(さくらまち なおき)

弁護士(東京弁護士会・2009年登録)/内幸町国際総合法律事務所 パートナー

インターネット上の投稿に関する発信者情報開示請求、削除請求、損害賠償請求及び意見照会への対応を主に取り扱っています。 従業員・元従業員による投稿や転職クチコミなど、インターネット問題と労働法務が交差する案件にも対応しています。

主な著作(いずれも共著)

  • 『事例大系 インターネット関係事件 紛争解決の考え方と実務対応』ぎょうせい・2025年
  • 『最新事例でみる 発信者情報開示の可否判断』新日本法規出版・2022年
  • 『最新 プロバイダ責任制限法判例集』LABO・2016年

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