【最高裁判決】最判令和4年6月24日(逮捕歴ツイート削除請求事件)
令和7(2025)年8月3日
過去の逮捕歴に関する情報が、インターネット上に残り続けることへの不安を感じている方は少ないといえるでしょう。最高裁令和4年6月24日判決(令和2年(受)1442号)は、個人の逮捕歴に関するツイートの削除を認めた重要なものです。本記事では、この最高裁判決のポイントを分かりやすく解説します。
事案の概要
請求内容とこれまでの経緯
本件は、平成24(2012)年に建造物侵入の容疑で逮捕され、罰金刑を受けた方が、その事実を報じる記事を転載したTwitter(現:X)上の投稿(ツイート)がプライバシーを侵害するとして、プラットフォーム運営者であるTwitter社(現:X社)に対し、ツイートの削除を求めた事案です。
この方は、逮捕から数年後に結婚して平穏な社会生活を送っていましたが、自身の氏名で検索すると、約8年も前の逮捕に関するツイートが表示され続けている状況でした。
- 第一審(東京地裁令和元年10月11日判決(判時2462号17頁)):「諸事情を比較衡量した結果、本件逮捕に関する事実を公表されない法的利益が表現の自由等の対立利益に優越する場合」には削除が認められるとし、本件請求を認める。
- 控訴審(東京高裁令和2年6月29日判決(判タ1477号44頁)):「比較衡量の結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られる」(最判平成29年1月31日(民集71巻1号63頁)が示した、いわゆる「明らか」要件)という非常に厳しい基準を示し、本件請求を棄却。
この東京高裁の判断を不服として、最高裁判所に上告がなされました。
最高裁判所の判断
結論として、最高裁判所は控訴審判決を破棄し、ツイートの削除を認める判断を下しました。その理由は、大きく分けて2点です。
判断枠組みの転換
まず最高裁は、高裁が示した「優越することが明らかな場合に限る」という厳しい基準を明確に否定しました。
プラットフォーム事業者の表現の自由への配慮は必要としつつも、削除請求のハードルをそこまで高く設定する必要はないと判断した、といえるでしょう。
その上で、従来の判例で用いられてきた以下の枠組みを再確認しました。
削除請求が認められるか否かは、以下の2つを比較衡量して判断すべきである。
- 事実を公表されない法的利益(プライバシー保護の要請)
- ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由(表現の自由や国民の知る権利)
その結果、①の利益が②の理由に「優越する」と判断されれば、削除を請求できる、としました。
具体的な比較衡量
次に、最高裁は上記の枠組みに沿って、具体的な事情を比較検討しました。
利益の比較衡量で考慮された事情
公表されない法的利益(本人側)
- 逮捕歴は他人にみだりに知られたくないプライバシー情報である。
- 逮捕から約8年が経過している。
- 罰金刑の言渡しは、刑法上その効力を失っている。
- 本件ツイートは逮捕当日にされたものであり、ツイッター利用者に対する速報目的と推認され、長期間の閲覧を想定したものとは考えにくい。
- 元となった報道記事は既に削除されている。
- 本人は公的な立場にある者ではない。
閲覧に供し続ける理由(プラットフォーム側)
- 逮捕の対象となった犯罪は軽微とはいえない。
- 投稿当時は公共の利害に関する事実であった。
これらの事情を総合的に考慮した結果、最高裁は「公表されない法的利益」が「閲覧に供し続ける理由」に優越すると結論付け、削除請求を認めました。
本判決の射程
対象は「私人の逮捕歴」
本判決は、あくまで「私人の」「逮捕歴」に関する事案についての判断であり、例えば以下のようなケースでは、時間の経過だけでは公共性が失われたとは判断されず、削除が認められない場合もあり得るでしょう。
- ・社会的耳目を集めた凶悪事件や、大規模な経済事犯など、事案の性質が極めて重大な場合
- ・対象者が政治家、大企業の経営者など、社会的な影響力の大きい公的立場にある場合
草野裁判官の補足意見が示す重要論点
本判決では、草野耕一裁判官による補足意見が、今後の議論の方向性を示すものとして注目されています。この意見は、犯罪報道における「実名」の意義を深く分析し、時間の経過とともにその価値がどう変化するかを論じています。
更生の利益の重視
草野補足意見は、「有罪判決を受けた者は、その後、一市民として社会に復帰することを期待されて」おり、過去の事実の公表によって「その更生を妨げられることのない利益を有している」と強調しました。刑の効力が失われた後には、個人の更生や平穏な生活を送る利益が強く保護されるべきだという考え方です。
報道の価値と実名報道の効用
さらに、実名報道が持つ機能を以下の3つに分類し、時間の経過によってその効用は失われるか、そもそも社会的利益として考慮すべきではないと指摘しています。
1. 制裁的機能実名報道には社会的な制裁としての側面がありますが、刑罰は国家が科すのが原則です。刑の効力が失われた後では、この機能がもたらす社会的利益は「全くないか、あるとしても僅少」だとしました。
2. 社会防衛機能再犯防止などの機能は認めつつも、その効用が考慮されるのは「再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合」や「凶悪事件」などに厳しく限定されるべきだとしました。
3. 外的選好機能(野次馬根性)他人の不幸を娯楽として消費するような心性(「負の外的選好」)を満足させるための実名報道は、「プライバシー侵害の可否をはかるうえでの比較衡量の対象となる社会的利益と考えることはできない」と断言しています。
まとめ:デジタル時代のプライバシー保護の指標
本判決は、デジタルタトゥーに悩む人々にとって、大きな一歩となる判断です。高裁が示した過度に厳しい基準を退け、時間の経過という要素を重視して個人の更生の利益を保護する方向性を明確に示した点で、極めて重要な意義を持つといえるでしょう。
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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