弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

転職サイトの悪評口コミは誰が書いたか特定できる?裁判例を解説


令和8(2026)年3月17日


転職サイトは求職者にとって貴重な情報源ですが、企業にとっては事実と異なる悪評や誹謗中傷が書き込まれた場合、採用活動や企業イメージに深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。このような場合、企業側は「誰がこの口コミを投稿したのか」を特定し、損害賠償請求などの法的な対応を取りたいと考えるのが自然です。
しかし、インターネット上の投稿は匿名で行われることが多く、投稿者を特定するためにはプロバイダに対する「発信者情報開示請求」という法的手続きを経る必要があります。
本記事では、会社側がプロバイダに対して発信者情報開示請求をした裁判例(地裁と高裁で結論が逆転した事例)をもとに、名誉毀損の成立要件や「投稿内容が事実ではないこと」の証明の難しさについて解説します。


本記事の要点
  • 転職サイトへの口コミが名誉毀損となるか否かの判断基準
  • 匿名投稿が「事実ではないこと」を被害者側が証明する難しさと裁判所の考え方
  • 地裁と高裁で発信者情報開示の結論が逆転した理由

事件概要と問題となった投稿内容

本件は、インターネット上の転職情報等紹介サイトにおいて、自社に関する否定的な口コミを投稿された株式会社が、投稿した人物を特定するため、(サイトへのIPアドレス等開示請求を経て)経由プロバイダであるソフトバンク株式会社に対し発信者情報(氏名等)の開示を求めた事件です。

問題となったのは、以下のような内容の投稿でした。

  • 役員に意見すると、やってもいない事をでっちあげられ辞めさせられる
  • 理不尽なことで社員全員の前で叱り飛ばして謝罪させる
  • 休日に社長の入店イベントに行かないと後日呼び出される(事実上の強制)

この開示請求に対し、一審である東京地方裁判所は、会社側の請求を棄却(認めない)しました(東京地判令和2年3月25日)。
しかし、控訴審である東京高等裁判所は地裁判決を取り消し、プロバイダ側に発信者情報の開示を命じました(東京高判令和2年11月11日)

裁判で争点となった2つのポイント

本件の裁判では、大きく分けて以下の2点が主な争点となりました。

争点1:投稿された口コミは、会社の社会的評価を低下させるか?(名誉毀損の成否)

名誉毀損が成立するためには、投稿された内容が企業の社会的評価を低下させるに足るものである必要があります。

  • 会社側の主張:
    投稿は虚偽の事実を記載したものであり、会社の社会的評価を低下させる。
  • プロバイダ側の主張:
    投稿は具体的な根拠のない抽象的な記載や、個人の感想・意見にすぎず、社会的評価を低下させない。

争点2:口コミの内容が「事実ではない」ことにつきどこまで証明すべきか?

発信者情報開示請求においては、権利侵害(本件では名誉毀損)が「明白であること」が要件となります。転職サイトへの口コミは、転職希望者にとって有益な情報であり「公共性・公益性」が認められ得る性質を持っています。
そのため、名誉毀損の成立を主張する会社側は、「投稿内容は真実ではない」ことを自ら証明しなければなりません(厳密には、「違法性阻却事由の存在を伺わせる事情がないこと」の証明を要します)。

  • 会社側の主張:
    投稿内容は事実無根であり、社内の役員や従業員の証言(陳述書)によって証明されている。
  • プロバイダ側の主張:
    発信者への照会に対し、発信者から「自身の体験に基づく真実である」旨の詳細な回答書が提出されており、投稿内容がウソであるとは言い切れない。

裁判所の判断:地裁と高裁でなぜ結論が分かれたのか?

この事件では、一審(東京地裁)と控訴審(東京高裁)で結論が分かれました。各争点についての裁判所の判断を見ていきましょう。

1) 名誉毀損の成否について(争点1)

投稿記事が名誉毀損にあたるかどうかは、「一般の閲覧者が普通の注意と読み方をした場合」にどう受け取るかを基準とします。

一審東京地裁の判断

「でっちあげで辞めさせられる」や「全員の前で叱り飛ばす」という部分は「事実の摘示」であり、社会的評価を低下させると認めました。
一方で、「セクハラへの意識が低いように感じた」という後半部分や、「商品の購入を求められたが強制ではなかった」という部分については、個人的な感想や最低限の指摘にとどまるとして、社会的評価の低下を否定しました(「本件サイトのような転職情報サイトにおいて,「気になる点・改善したほうがいい点」として一定のマイナスの情報が掲載されることは,その性質上,やむを得ないというべきであって,この程度の記載をもって,直ちに原告の社会的評価を損害賠償により慰謝を要する程度にまで低下させるものとは認められない」)。

東京高裁の判断

地裁が否定した部分も含め、すべての投稿について「証拠等によってその内容の存在を確定することが可能な事実の摘示」であると認定しました。
その上で、理不尽な叱責や事実上の出勤・商品購入の強制といった事実は、会社の社会的評価を低下させると判断しました。

2) 「事実ではないこと」の証明のハードルについて(争点2)

この点が、地裁と高裁で結論が逆転した最大のポイントです。
発信者情報開示請求という手続きは、発信者が自ら裁判に参加して反論する仕組みではありません(被告となったプロバイダが発信者の意見をふまえて反論する)。このような特殊な訴訟構造において、被害者である会社側に「そのような事実は存在しない」という証明(いわゆる悪魔の証明)を厳格に求めると、被害者が救済されなくなってしまうおそれがあります。

東京地裁の判断

会社側は「そんな事実はない」とする役員らの陳述書を提出しました。しかし、プロバイダ側からは、発信者から得た「日常的に怒鳴り散らしていた」「希望表が回ってきて参加せざるを得なかった」という詳細な回答書が証拠として提出されていました。
地裁は、この発信者の回答内容が具体的であるため、会社側の陳述書だけでは「投稿内容が事実ではない」とまでは言い切れないと判断し、開示を認めませんでした。

東京高裁の判断

高裁は、発信者の回答書について「自己の体験を述べた形式で一応の具体性はあるものの、抽象的な事実にとどまり、日時や人物の特定もない」と厳しく評価しました。
日時や人物が特定されていない匿名の反論に対し、会社側に「そのような事実はない」という厳密な立証を強いることは不可能に近く、不当であると判断したのです(「法4条において,権利侵害された者と発信者間の訴訟においては,本来,違法性阻却事由として発信者が主張・立証しなければならないものを,発信者情報開示請求訴訟においては,請求原因として権利侵害された者の主張立証責任であると定めたのは,発信者情報が発信者のプライバシーに関する事柄であって,発信者の匿名性を維持しつつ,発信者自身の手続参加を予定していない訴訟構造の中で発信者のプライバシー及び表現の自由の利益と権利侵害された者の権利回復を図る必要性との調和を図るための措置であると解される。したがって,法4条の「権利侵害が明らか」についての解釈においても,権利侵害された者が権利回復を図ることができないような解釈運用がされるべきでないことが前提となっているというべきである(因みに「権利侵害」の中には権利を侵害された者が立証することが難しい発信者の故意過失や責任阻却(真実と信じるにつき相当の事由があること)は入っていないと解釈されている。)」)。

高裁の結論:

結果として高裁は、会社側が社内の調査に基づく陳述書を提出して「一応の証明」をした段階で、権利侵害が明白である(=投稿は真実ではないという条件を満たした)と認定し、プロバイダに対して発信者情報の開示を命じました。

まとめと留意点

本件は、匿名の口コミ投稿に対する「真実でないことの証明」のハードルについて、地裁と高裁で見解が大きく分かれた事例です。
高裁は、被害者側に過度な立証を強いるべきではないという考え方を示しました。これにより、会社側は発信者情報の開示を受ける道が開かれました。

ただし、これはあくまで「開示請求の手続き上は会社側の立証で足りる」とした判断であり、裁判所が「口コミは事実でない」と判断したわけではない点に留意が必要です。
発信者情報が開示された後、会社が発信者に対して損害賠償などを求める本案訴訟に移行した場合には、改めて事実関係の真実性が厳密に争われることになります。

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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