旧姓使用の法制化はどこまで進んだか──通称使用の限界と国会の動き(令和8年7月時点)
令和8(2026)年8月2日
令和8(2026)年3月に閣議決定された「第6次男女共同参画基本計画」は、旧氏の単記も可能とする法制化を含めた基盤整備を検討する、としています。[1]住民基本台帳制度上の「旧氏」とは、婚姻前の氏に限らず、過去に称していた氏であって戸籍または除かれた戸籍に記載・記録されているものをいいます。[2]この記事では、そのうち主として婚姻前の氏(いわゆる旧姓)を扱います。
夫婦の姓をめぐっては、制度そのものを変える「選択的夫婦別氏制度」と並んで、現行の夫婦同氏制度を維持したまま旧姓を使いやすくする「旧姓使用の拡大・法制化」が、もう一つの選択肢として議論されてきました。この記事では、旧姓の通称使用がどこまで認められ、どこまでを解決するのか、令和7(2025)年に提出された法案と政府が示した検討方向がどう違うのか、そして令和8(2026)年7月時点で議論がどこまで進んでいるのかを整理します。
なお、この記事でいう「法制化」とは、旧氏の単記または通称使用を社会生活の幅広い場面で横断的に保障する制度を整備することを指します。住民票や運転免許証など、個別の制度における旧氏併記は、既に法令等に基づいて実現しています。
この記事のポイント
- 旧姓の併記・使用はかなり広がっています:住民票、マイナンバーカード、運転免許証、パスポート、印鑑登録証明書、不動産登記などで認められています。調査対象となった国家資格・免許等でも全て旧姓使用が可能ですが、証明書等の表記方法は資格ごとに異なります。
- ただし「法律上の氏の維持」とは別の問題です:通称使用は不便を軽くしますが、戸籍上の氏そのものを維持できる制度ではありません。
- 令和8年7月時点で横断的な法制化は実現していません:令和7年に提出された各法案は令和8年1月の衆議院解散で廃案となり、連立政権合意書が掲げた法案も、第221回国会には提出されませんでした。
旧姓の通称使用はどこまで認められているか
制度改正とは別に、婚姻前の氏を通称として使える場面は拡大してきました。政府はこの20年以上、旧姓使用の拡大に取り組んでおり、現在では、住民票、マイナンバーカード、運転免許証、パスポート、印鑑登録証明書、不動産登記の所有権の登記名義人の氏などで、旧姓の併記や使用が可能になっています。[3]
また、令和7(2025)年5月31日時点の内閣府調査では、調査対象となった332の国家資格・免許等の全てで旧姓使用が可能とされています。ただし、資格証、免許証等における表記方法は、旧姓の併記、戸籍上の氏の併記、旧姓の単記など、資格ごとに異なります。[4]
第6次男女共同参画基本計画も、旧氏併記の運用は拡充されつつあると整理したうえで、旧氏の単記も可能とする法制化を含めた基盤整備を検討する方針を示しています。日常の場面で婚姻前の氏を名乗り続けられる範囲は、確実に広がってきました。
それでも残るもの――パスポートの例
もっとも、旧姓を通称として使うことと、法律上の氏を婚姻前のまま維持することは同じではありません。パスポートの取扱いが、その違いをよく示しています。
日本の旅券は国際民間航空機関(ICAO)の文書に準拠して作成され、旅券面の氏名には戸籍上の氏名が記載されます。申出により旧姓を併記できるところ、それは戸籍上の氏名に続けて括弧書きで記載される、ICAO文書に規定のない例外的な措置です。そのため、ICチップとMRZ(機械読取領域)には記録されません。[5]
外務省も、旅券面に記載されていても旧姓で査証や航空券を取得することは困難と考えられる、渡航先の当局から説明を求められる場合には所持人自身の説明が必要になる、と注意を促しています。
旧姓使用の拡大は、改氏に伴う不便を軽減する有力な方法です。しかし制度や機関によって取扱いが異なり、戸籍上の氏と社会生活上の氏が二つ存在する状態は残ります。問題を「手続上の不便をどう減らすか」と捉えるなら旧姓使用の拡大が一定の解決になりますが、「双方が氏を変更したくない場合にも一方の改氏を法律婚の前提とすることが適切か」と捉えるなら、通称使用をいくら広げても、戸籍上の氏を変えなければ法律婚ができないという制度自体は変わりません。
令和7年の国会に出された3つの法案と、その結末
令和7(2025)年の第217回国会には、夫婦の氏に関する議員立法が3本提出されました。立憲民主党と国民民主党からは選択的夫婦別姓制度の導入を内容とする法律案が、日本維新の会からは夫婦同姓制度を維持したうえで婚姻前の氏の通称使用を法制上確保する法律案(衆法第30号)が、それぞれ提出されています。
いずれも法務委員会に付託され、審査が進められました。旧姓通称使用の法案についていえば、令和7年5月19日に提出、同月28日に付託、30日に趣旨説明と質疑が行われ、参考人質疑を含めて委員会は8回開かれています。[7]
しかし、3本とも採決には至らず継続審議となり、令和8(2026)年1月の衆議院解散に伴って廃案となりました。[6]
廃案となった法案は、どんな仕組みだったか
このうち衆法第30号「婚姻前の氏の通称使用に関する法律案」は、旧姓使用の法制化が具体的にどのような形になり得るのかを示すものでした。
同法案は、夫婦の氏は同一とし、子は基本的に父母である夫婦の氏を称するという原則を維持したうえで、①戸籍法を改正し、婚姻で氏を改めた者が届出により戸籍に「通称として使用する婚姻前の氏」とその振り仮名を記載できる制度を新設すること、②戸籍法以外の法令で氏名を記載する場合に、氏名に代えて婚姻前の氏及び名を記載できるよう国が法制上の措置を講ずること、③国・地方公共団体・事業者等が社会生活の幅広い分野で通称使用の機会を確保するよう努めること、を定めていました。[8]
政府が示した検討方向は、これとは違う
注意が必要なのは、廃案となった衆法第30号と、政府が令和8年3月2日の国会答弁で示した旧氏使用の法制化の検討方向が異なるという点です。衆法第30号は戸籍法を改正して戸籍に記載する仕組みを含んでいました。
これに対し高市総理は、令和8(2026)年3月2日の衆議院予算委員会で、旧氏使用の法制化について、戸籍をいじるものではなく、住民基本台帳法を基本としたものだと明言しています。内閣発足時に担当大臣と法務大臣に対し、旧氏の単記も可能とする基盤整備の検討を進めるよう指示したことも明らかにしました。[9]
また、単記を可能とすることで新たなリスクが生まれることは考慮しなければならないとして、パスポート、運転免許証、マイナンバーカードといった厳格な本人確認に用いられる書類については、単記ではなく戸籍上の氏との併記を求める検討が当然必要になると述べています。
そのうえで総理は、選択的夫婦別氏制度と旧氏の通称使用は全く別のものであり、旧氏使用の拡大は政府が20年以上取り組んできたことで、大きな方針変更を行ったわけではない、とも説明しました。
少なくとも、この答弁で示された政府の検討方向は、戸籍法を改正して婚姻前の氏を戸籍に記載する衆法第30号とは異なります。もっとも、第6次男女共同参画基本計画自体は「旧氏の単記も可能とする法制化を含めた基盤整備の検討」とするにとどまり、具体的な制度の仕組みまでは示していません。
令和8年7月の現在地
令和7(2025)年10月の高市政権の発足にあたって合意された「自由民主党・日本維新の会 連立政権合意書」は、戸籍制度と同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら、社会生活のあらゆる場面で旧姓使用に法的効力を与える制度を創設するとしたうえで、そのために旧姓の通称使用の法制化法案を令和8年通常国会に提出し、成立を目指すとしていました。[10]3月2日の総理答弁は、少なくとも、連立政権合意書が掲げる同一戸籍・同一氏の原則の維持と整合する説明です。
令和8年通常国会である第220回国会は、同年1月23日に召集されましたが、その日のうちに衆議院が解散されました。その後、総選挙を経て、第221回国会(特別会)が同年2月18日から7月25日まで158日間開かれました。[11]しかし、同国会の議案一覧にも、旧氏の単記や通称使用を社会生活の幅広い場面で横断的に保障する法律案は見当たりません。連立政権合意書が掲げた法案は、第220回国会にも第221回国会にも提出されなかったことになります。[12]
提出が見送られた理由については、法案の審議が見込まれる衆参両院の内閣委員会が他の法案の審議も抱え、日程が窮屈になったためと報じられています。政府は秋に想定される臨時国会への持ち越しを検討しているとされ、旧姓使用の法制化をめぐる議論は、次の国会に舞台を移すことになりそうです。[13]
第6次男女共同参画基本計画も、選択的夫婦別氏制度については、家族形態や生活様式の多様化、国民意識の動向、家族の一体感、こどもへの影響や最善の利益といった視点を考慮し、国会での議論と司法の判断を踏まえて更なる検討を進める、との方針を示すにとどまっています。
そのため令和8(2026)年7月時点では、民法750条による夫婦同氏制度が維持され、旧氏の単記・通称使用を幅広い場面で横断的に保障する法制化も、選択的夫婦別氏制度も、いずれも実現していません。
国際的な動き
国連の女子差別撤廃委員会は、令和6(2024)年10月17日に日本の第9回報告を審査し、同月29日に最終見解を公表しました。同見解は、夫婦に同じ氏を求め、事実上しばしば女性に夫の氏を強いることになる民法750条を改正する措置がとられていないことを懸念として挙げ、女性が婚姻後も婚姻前の姓を保持できるよう、夫婦の氏の選択に関する法規定を改正することを勧告しています。委員会は、この勧告を含む一定の勧告について、2年以内に実施状況を書面で報告するよう日本政府に求めています。[14]
政府は同年12月20日に最終見解に対する意見を提出していますが、その内容は夫婦の氏に関する勧告ではなく、皇室典範に関する記述の削除を求めるものです。[15]
なお、最終見解それ自体に法的拘束力はありません。他方、日本が締約国である女子差別撤廃条約自体は日本を法的に拘束し、日本は条約の実施状況を委員会に報告することを求められます。[16]民法750条を改めるかどうか、どのような制度を採用するかは、最終的には国会の立法によることになります。
まとめ
旧姓の通称使用は、この20年ほどで大きく広がりました。日常の多くの場面で婚姻前の氏を名乗り続けられるようになったことは、改氏の負担を軽くする実際的な前進です。
一方で、それがどこまでを解決するのかは、何を問題と考えるかによって変わります。手続上の不便を減らすことが目的なら、通称使用の拡大やその法制化には意味があります。しかし、法律上の氏を意思に反して変えなければ婚姻できないという点そのものを問題とする立場からは、二つの氏を使い分ける状態が制度として固定されるだけ、という評価にもなり得ます。
令和8(2026)年の局面は、この二つの道筋のどちらを選ぶのか、あるいは両方を用意するのかを、国会がまだ決めきれていない状態なのだろうと思います。両者はしばしば対立する選択肢として語られますが、それぞれが「何を解決する手段なのか」を切り分けて見ることが、議論を追う手がかりになるのではないでしょうか。
あわせて読みたい: 選択的夫婦別姓とは何か──民法750条と、最高裁が判断したこと・しなかったこと
本記事は令和8(2026)年7月時点の情報に基づいています。法令及び制度は今後変更される可能性があります。
文末注
- 内閣府男女共同参画局「第6次男女共同参画基本計画」(令和8〈2026〉年3月13日閣議決定)。旧氏の単記も可能とする法制化を含めた基盤整備の検討及び選択的夫婦別氏制度に関する方針について参照。 基本計画を見る/第10分野を見る↩
- 総務省「住民票、個人番号カード等への旧氏の記載等について」。住民基本台帳制度上の「旧氏」の意義について参照。 資料を見る↩
- 内閣府男女共同参画局「旧姓使用の現状等」、衆議院法務調査室「第221回国会 法務委員会 動向」及び法務省「選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について」。住民票、個人番号カード、旅券、不動産登記等における旧姓の通称使用・併記の拡大について参照。 内閣府資料を見る/動向を見る/法務省資料を見る↩
- 内閣府男女共同参画局「各種国家資格、免許等における旧姓使用の現状等について」(令和7〈2025〉年5月31日時点)。調査対象となった332の国家資格・免許等の全てで旧姓使用が可能であること、及び資格証等の表記方法が資格ごとに異なることについて参照。 調査結果を見る↩
- 外務省「旅券(パスポート)の別名併記制度について」。旧姓の併記が括弧書きによる例外的な措置であり、ICチップ及び機械読取領域には記録されないこと、旧姓での査証・航空券の取得は困難と考えられること等について参照。 資料を見る↩
- 衆議院法務調査室「第221回国会 法務委員会 動向」及び衆議院「第217回国会 議案の一覧」。令和7年に提出された3法案の提出会派及び内容、並びに令和8年1月の衆議院解散に伴う廃案について参照。 動向を見る/議案の一覧を見る↩
- 衆議院「法律案等審査経過概要 第217回国会 婚姻前の氏の通称使用に関する法律案」。提出日、委員会への付託及び審査の経過について参照。 審査経過を見る↩
- 「婚姻前の氏の通称使用に関する法律案」(第217回国会 衆法第30号)。戸籍法の改正、法制上の措置及び通称使用の機会確保に関する各規定について参照。 法案本文を見る↩
- 第221回国会 衆議院予算委員会 第3号(令和8〈2026〉年3月2日)会議録。旧氏使用の法制化に関する内閣総理大臣の答弁について参照。 会議録を見る↩
- 自由民主党・日本維新の会「連立政権合意書」(令和7〈2025〉年10月)。戸籍制度及び同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら旧姓使用に法的効力を与える制度の創設、並びに法制化法案の提出方針について参照。 合意書を見る↩
- 衆議院「国会会期一覧」。第220回国会の召集日及び第221回国会の会期について参照。 会期一覧を見る↩
- 衆議院「第221回国会 議案の一覧」。同国会に提出された議案について参照。 一覧を見る/議案情報を見る↩
- 『産経新聞』令和8(2026)年5月13日。法案の今国会提出見送りと、秋に想定される臨時国会への持ち越しに関する報道。↩
- 内閣府男女共同参画局「第9回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解(仮訳)」。民法750条に関する懸念及び勧告、並びに2年以内の実施状況の報告要請について参照。 最終見解を見る↩
- 女子差別撤廃委員会最終見解に対する日本政府のコメント(令和6〈2024〉年12月・英語)。 コメントを見る↩
- 内閣府男女共同参画局「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」。条約及び最終見解の位置付けについて参照。 資料を見る↩
【免責事項】
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