SNS削除・開示請求の最新データと「情プラ法」の影響
インターネット上の誹謗中傷や不適切な投稿への対策は、もはや個々の利用者の自助努力だけに委ねてよい問題ではありません。巨大な情報流通基盤を運営し、そこから収益を得ているプラットフォーマーには、被害拡大を防止する実効的な対応体制を整備する責任があります。
本記事では、新法「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」に基づき公表された大手SNS運営5社の削除対応状況や、総務省のワーキンググループがまとめた最新の動向をもとに、プラットフォーマーの対応が現状どこまで実効性を備えているのかを検討します。
公表された統計からは、削除申請に対する対応率の低さ、監視体制の乏しさ、被害者が最終的に法的手続きへ進まざるを得ない構造が見えてきます。これは、プラットフォーマーによる自主的な被害救済がなお不十分であることを示すものといえます。
この記事のポイント
- 利用者申請からの削除措置率は大手SNS各社とも50%未満であり、プラットフォーマーの自主的対応だけでは被害救済に限界があることが明らかになっています。
- 特にX(旧Twitter)では、利用者申請に基づく措置率が0.1%にとどまっており、実効的な救済手段として機能しているとは言い難い状況です。
- 発信者情報開示請求の総数は年間約15万件に達していますが、その9割以上はファイル共有ソフトによる著作権侵害事案であり、誹謗中傷被害の実態を把握するには内訳の精査が不可欠です。
- 法改正で新設された「非訟手続き」の申立件数は、2023年から2025年にかけて約2.5倍(1万件超)へと急増しており、被害者が任意対応ではなく法的手続きに頼らざるを得ない現状が浮き彫りになっています。
1. 投稿の「削除(コンテンツモデレーション)」に関する統計
インターネット上の誹謗中傷や不適切投稿への迅速な対応を義務づけた情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)に基づき、大手SNS運営5社が2025年度の削除対応状況を初めて公表しました。これにより、プラットフォーマーが実際にどの程度、利用者からの申請に応じて削除や非表示などの措置を行っているのかが明らかになりました。
利用者申請からの削除率は大手各社とも50%未満
ユーザーから「誹謗中傷や規約違反である」と通報や申請があったケースに対し、実際に削除や非表示などの措置をとった割合(措置率)は、主要5社(X、Meta、LINEヤフー、Google/YouTube、TikTok)のいずれも5割に満たない結果となっています。
もちろん、すべての申請が直ちに削除相当とは限りません。しかし、被害を受けた利用者の側から見れば、申請をしても相当数が措置に至らないという事実は重く受け止める必要があります。特に、誹謗中傷や権利侵害は短時間で拡散し、被害が固定化・深刻化する性質を持つため、プラットフォーマーには、単に「判断が難しい」と説明するだけでなく、迅速かつ透明性のある対応体制を構築することが求められます。
X(旧Twitter)の措置率はわずか0.1%
特にXにおいては、2025年度に利用者から7,600万件以上の膨大な削除申請・報告があったにもかかわらず、実際に削除や非表示などの措置が取られたのはそのうちのわずか0.1%にとどまっています。
この数字は、単に「申請件数が多い」というだけでは説明しきれません。利用者から見れば、被害を申告してもほとんど措置につながらないということであり、少なくとも任意の申請手続きが実効的な救済手段として十分に機能しているとは評価しにくい状況です。巨大プラットフォームである以上、投稿量の多さを理由に対応の不十分さを正当化することは困難であり、申請処理の基準、審査体制、異議申立ての仕組みについて、より踏み込んだ説明責任が求められます。
日本語の投稿監視体制(人員数)の格差と課題
プラットフォーム側が配置している「日本語に対応した投稿監視員」の数もあわせて公表されました。
- YouTube(Google):293人
- LINEヤフー:145人
- TikTok:6人
※MetaおよびXは人数を非公表としています。
各社は「表現の自由の観点から判断が難しい事例が多い」と説明しています。たしかに、表現の自由への配慮は重要です。しかし、そのことは、被害申告に対する対応の遅れや体制不足を正当化する理由にはなりません。むしろ、表現の自由と権利侵害防止のバランスを適切に判断するためには、十分な人員、専門性、審査基準の透明性が不可欠です。
特に、日本語対応のモデレーター数が限定的であることや、一部の事業者が人員数すら公表していないことは、利用者にとって大きな不透明要因です。プラットフォーマーが社会的インフラとしての役割を担っている以上、単なる社内運用の問題として片づけるのではなく、外部から検証可能な形で体制を示す必要があります。
2. 「発信者情報開示請求」に関する統計
総務省のワーキンググループなどの資料によると、SNS等の書き込みに対する発信者情報開示請求(投稿者を特定するための手続き)は年々増加しています。
プロバイダ・プラットフォームへの開示請求総数
総務省の調査によると、プロバイダやプラットフォーマーに対して申し立てられた発信者情報開示請求(訴訟、仮処分、非訟、任意請求を含む)の総数は、年間154,484件(2024年データ)に達しており、増加傾向が続いています。
この数字は、インターネット上の権利侵害に対して、被害者側が投稿者の特定を求める場面がいかに多いかを示しています。同時に、プラットフォーマー側の任意対応だけでは紛争が解決せず、裁判手続きや準司法的手続きに移行している事案が少なくないことも示唆しています。
開示請求の9割以上が特定の著作権侵害事案
上記の15万件を超える開示請求のうち、約95.6%(147,746件)は、SNS上の誹謗中傷ではなく、特定のファイル共有ソフト(BitTorrentなど)を用いたアダルト動画等の著作権侵害を理由とする一括請求事案です。
したがって、発信者情報開示請求の件数だけを見て「誹謗中傷事案が爆発的に増えている」と単純に評価することはできません。ただし、誹謗中傷や名誉毀損、プライバシー侵害の被害者が投稿者を特定するために相当な手続的負担を負っていることに変わりはありません。プラットフォーマー側の削除・通報対応がより実効的であれば、少なくとも一部の事案では、被害者が開示手続きに進む前に被害拡大を抑止できる可能性があります。
新裁判手続き(非訟手続き)の激増
法改正により、SNS事業者への開示請求と通信事業者(携帯キャリアなど)への開示請求を1つの裁判手続きで同時に進められる非訟(ひしょう)手続きが新設されました。この申立件数は、2023年の3,959件から、2025年には10,072件へと約2.5倍に急増しています。
この急増は、制度が利用しやすくなったことの表れである一方、被害者が任意の削除申請や通報だけでは十分な救済を得られず、法的手続きに踏み込まざるを得ない状況が広がっていることも示しています。プラットフォーマーがより迅速かつ適切に権利侵害投稿へ対応していれば、被害者の時間的・経済的負担は相当程度軽減されるはずです。
3. 各プラットフォーマー独自の「透明性レポート」と政府要請
Google、Meta(Facebook/Instagram)、LINEヤフーなどは、自社サイト上で「透明性レポート(Transparency Report)」を半期または年次で定期公開しています。ここには、各国の政府機関や裁判所からどれだけのコンテンツ削除要請やユーザー情報開示請求があったかが記録されています。
透明性レポートの公開自体は評価できます。しかし、単に件数を公表するだけでは十分ではありません。利用者にとって重要なのは、どのような基準で削除・非表示・アカウント停止等の判断が行われ、どの程度の期間で処理され、不服申立てがどのように扱われるのかという実質的な運用の中身です。
日本政府からの請求傾向
例えばGoogleのデータ(エンタープライズクラウド等のユーザー情報請求)を見ると、日本国内からの開示リクエストは半期で1,100件を超えるなど(2025年上半期データなど)、警察の捜査令状や裁判所命令に基づくプラットフォーマーへの公式なデータ開示要求も高い水準で推移しています。
政府機関や裁判所からの要請に対する対応状況だけでなく、一般利用者からの権利侵害申告に対してどの程度実効的な対応がなされているのかも、同じように検証される必要があります。プラットフォーマーが情報流通の主要なゲートキーパーとなっている以上、その判断過程がブラックボックス化したままでよいとはいえません。
まとめ
統計データから見える現在のトレンドは明確です。ユーザーからの任意の削除申請に対して、プラットフォーマーが実際に措置を講じる割合は低く、特にXでは極めて低い水準にとどまっています。その一方で、被害者が発信者情報開示請求、特に法改正で新設された非訟手続きに踏み切る件数は急増しています。
これは、被害者側が自力で手間と費用をかけて法的手続きを進めなければならない一方、プラットフォーマー側の自主的対応はなお限定的であるという、非対称な構造を示しています。
もちろん、表現の自由への配慮や、濫用的な削除申請への慎重な対応は必要です。しかし、それは権利侵害投稿への対応を消極化する理由にはなりません。社会的影響力の大きいプラットフォーマーには、削除基準の明確化、審査体制の強化、日本語対応人員の十分な確保、異議申立て手続きの整備、そして外部から検証可能な透明性の確保が求められます。
誹謗中傷への対策や投稿者特定を進めるにあたっては、被害者が法的手続きを適切に活用することが重要です。同時に、プラットフォーマーに対しても、単なる「場の提供者」にとどまらない責任ある対応を求めていく必要があります。
出典・参照資料
- 総務省:デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会 発信者情報開示ワーキンググループ(第1回)配付資料
- 総務省「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」関連情報
- Google「透明性レポート」
- Meta「透明性センター(Transparency Center)」
- LINEヤフー「捜査機関等からのユーザー情報開示要請に関する透明性レポート / メディア透明性レポート」
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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