弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

「スラップ訴訟」との批判は名誉毀損?事実と意見の法的境界線

      

令和8(2026)年2月23日


本記事では、「スラップ訴訟だ」と批判することが名誉毀損となるのかについて判断された裁判例(東京地判平成27年9月2日ウエストロー2015WLJPCA09026006)を解説します。
SNSやブログなどで企業や政治家の行動を批判する際、その表現が「事実の摘示(事実を示すこと)」にあたるのか、それとも個人の「意見・論評の表明」にあたるのかによって、名誉毀損の判断枠組みは大きく異なります。
どのような条件を満たせば名誉毀損の違法性が阻却(免除)されるのかについて、重要なポイントを整理しました。

事件の概要

本件は、大企業の代表者である原告らが、弁護士である被告のブログ記事によって名誉を毀損されたとして、合計6000万円もの高額な損害賠償や、記事の削除、謝罪広告の掲載を求めて提訴した事案です。

発端として、被告はブログの中で、原告らが政治家へ巨額の資金提供(8億円の貸付け)を行ったことなどを批判していました。
原告らがこのブログ記事に対して提訴したところ、被告はさらに自身の別のブログ記事で、この提訴自体が「批判的言論を封殺するためのスラップ訴訟(口封じ目的の不当な訴訟)である」と批判を展開しました。

この「スラップ訴訟である」との表現が名誉毀損にあたるかどうかが争われたのが本件です。結論としては、被告による表現の違法性は阻却され、原告らの請求はいずれも棄却される結果となりました。

争点(何が問題になったか)

本件における「スラップ訴訟」という表現に関する主な争点は、以下の通りです。

  1. 原告らの主張
    被告のブログ記事は断定的に記載されており、一般の読者が読めばそれが真実であると受け取ります。そのため、原告らの社会的評価を低下させる「事実の摘示」にあたり、違法性が阻却されず名誉毀損が成立すると主張しました。
  2. 被告の主張
    本訴訟は、大企業が権力を持たない個人等に対して、威圧や報復の目的で提起する「スラップ訴訟」にあたると主張しました。ブログの記載は前提事実に基づく正当な「意見・論評」であり、公共性や公益目的があるため違法ではないと反論しました。

裁判所の判断(結論と理由)

裁判所は、問題となった表現が「事実の摘示」か「意見・論評」かを区別した上で、名誉毀損の違法性が阻却されるかについて、以下の通り段階的に判断しました。

判断基準(事実と意見の区別)

名誉毀損となる表現が「事実の摘示」か「意見ないし論評の表明」かを区別する基準として、裁判所は「一般の読者の普通の注意と読み方」を基準とすべきとしました。

  • その表現が、証拠などによって存在するかどうかを決めることが可能な、他人に関する特定の事項を主張していると理解される場合は、「事実の摘示」となります。
  • 一方で、法的見解の表明などは、裁判所が判断を示せる事項であっても事実を摘示するものとはいえず、「意見ないし論評の表明」にあたると判断する枠組みを示しました。

本件への当てはめ(「スラップ訴訟」という表現の法的性質)

表現の性質:
被告がブログで「本件訴訟はスラップ訴訟(口封じ目的の不当な訴訟)」と記載したことについて、裁判所は、原告らが訴訟を提起したという事実を前提として、原告らの意図が批判的言論を封殺することにあると述べたものであり、いずれも「意見ないし論評を表明したもの」であると認定しました。

社会的評価の低下:
この意見・論評は、一般の読者に対し、原告らが自己に対する批判の口封じを目的として高額の損害賠償を求める不当な訴訟を起こしたとの印象を与えるものです。そのため、原告らの社会的評価を低下させるものであることは認められました。

違法性阻却事由の検討:
表現が社会的評価を低下させるものであっても、以下の要件を満たすため、違法性は阻却されると判断されました。

  • 公共性と公益目的
    経済的強者が自らの意に沿わない意見に対して訴訟を提起し、相手方に負担を負わせて論評を封じ込めるという「訴権の濫用」や「言論の自由」に関する言及です。そのため、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的であったと認められました。
  • 前提事実の真実性
    この論評の前提となる重要な事実(原告らが大企業とその代表者であること、被告が弁護士であること、名誉毀損の請求額が合計6000万円と低額とはいい難いこと、原告らが実際に本件訴訟を提起したことなど)は真実であると証明されました。
  • 論理的関連性と論評の正当性
    真実である前提事実から推論して「本件訴訟は批判的言論を封じるための訴訟である」と意見を展開することは、論理的関連性があると判断されました。また、批判の対象は主に原告の言動にとどまっており、個人の人格攻撃にわたるものではないため、意見・論評の域を逸脱していないと判断されました。

まとめ

本判決は、「ある訴訟がスラップ訴訟である」との批判が、客観的な証拠で証明すべき「事実の摘示」ではなく、書き手の「意見・論評の表明」にあたると整理した上で、公共性・公益性・(前提となる重要な)事実に関する真実性が認められ、人格攻撃にわたるものでもなく意見ないし論評としての域を逸脱したものではないから違法性が阻却されるとして、名誉毀損の成立を否定しました。

ただし、相手を「スラップ訴訟だ」と批判することが常に法的に許容されるわけではない点には注意が必要です。
その批判が真実の前提事実(当事者間の力関係や高額な請求額など)に基づいており、正当な論理的関連性があり、人格攻撃に及ばない範囲でのみ、違法性が阻却される場合があるということです。
インターネット上での発言や批判的言論を行う際は、これらの「事実と意見の境界線」や「正当な論評の範囲」を十分に意識することが重要となります。

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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