弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

自ら公表した過去は消せない?ネット検索結果とプライバシーの境界線


2025年8月4日


「自分の名前をGoogleやYahoo!で検索したら、忘れたい過去に関する情報が表示されてしまった…」

このような事態に直面し、不安に感じている方もいらっしゃるかもしれません。過去に一度、自ら公表した、あるいは公表に同意したプライバシー情報は、どれだけ時間が経っても、インターネット上から削除することはできないのでしょうか?この記事では、過去の裁判例を参考に、ネット時代のプライバシー保護の境界線について解説します。

「自ら公表した過去」は削除できない?ある裁判所の判断

ある男性が「自分の名前を検索すると、過去に反社会的な集団に所属していたことを示す情報が表示されるため、これを削除してほしい」として、検索エンジン事業者を相手に検索結果の削除を求めた裁判がありました。

この裁判で、東京地方裁判所は、男性が約10年前に複数の雑誌インタビューで自ら過去を公表していたことを理由に、「プライバシー権で保護される法的利益を放棄した」と判断し、削除請求を認めませんでした(※)。

このような判断を見ると、「一度でも自分で公にしてしまったプライバシーは、もう保護されないのか」と不安に思われるかもしれません。

※参考:朝日新聞 平成27(2015)年12月16日付記事(アーカイブサイト

「公表への同意」には”前提条件”がある

しかし、「一度公表に同意したからといって、どのような形であれ無制限に公表され続けても仕方がない」と結論づけるのは早計でしょう。なぜなら、当初の「公表への同意」には、通常、以下のような“前提条件”があったと考えられるからです。

公表同意の前提条件(例)

  • 公表の目的:(例:特定の雑誌のインタビュー記事として)
  • 公表の媒体:(例:その雑誌の紙面の中だけで)
  • 公表の時期:(例:あくまで10年前の時点での話として)

本人が当初想定していた目的や媒体、時期といった前提条件を大きく超えて情報が拡散され続けることまで、本人が同意していたとは言えないケースも多いでしょう。

別の裁判例:元女優のプライバシー侵害を認めたケース

この点に関して、参考になる別の裁判例があります(東京地方裁判所平成18年7月24日判決)。これは、かつてアダルトビデオに出演していた女優が、引退から5年が経過した後に、週刊誌が出演ビデオの内容に関する記事や写真を掲載したことでプライバシーを侵害されたとして、出版社などを訴えた事件です。

この裁判で、裁判所は元女優の訴えを認め、プライバシー侵害を認定しました。判決では、「確かに、原告は、販売を予定していたアダルトビデオ「○○」の主演女優として性交渉を演じていたものであり、その販売上必要、相当な範囲で、裸体や性交渉の演技が不特定多数の者に公表されることは想定していたといえる。しかしながら、それによって、性交渉の演技についての私事性が一切失われ、当該アダルトビデオ以外の表現媒体において、これを一般的に公表することまでが直ちに許されることにはならない」ものであり、「ビデオに出演することを承諾したからといって、全く目的も態様も時期も異なる週刊誌への記事掲載まで承諾したとは認められない」という趣旨の判断が示されました。

まとめ:ネット時代のプライバシー保護で大切なこと

スマートフォンやSNSが普及した現代では、情報の拡散するスピードや範囲は、過去とは比べ物になりません。本人が全く予期しない形で、情報が瞬時に世界中に広まってしまう可能性があります。

このような状況を踏まえれば、プライバシー情報の公表に関する「本人の同意」がどこまでの範囲を指すのかについては、より慎重に判断されるべきだと考えられます。一度公表した情報であっても、当初の同意の範囲を明らかに超えるような形で拡散された場合には、プライバシー侵害として記事の削除が認められる可能性があると言えるでしょう。

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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