弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

肖像権侵害の判断基準は変わるのか?-最高裁判例と近時の下級審裁判例をふまえて-


令和7(2025)年7月5日


他人の容姿を無断で撮影したり、撮影した写真をSNSに投稿したりする行為が問題となるケースが増えています。こうした行為が法的にどう判断されるのか、その中心にあるのが「肖像権」です。本記事では、肖像権侵害に関する裁判所の判断基準について、重要な最高裁判例と、近年の新しい動きを示す下級審(東京地方裁判所)の裁判例を比較しながら解説します。

肖像権が法律で保護される根拠とは?

まず、肖像権が法律上保護されることを明確にした最高裁判所の判決(最判平成17年11月10日民集59巻9号2428頁)をみてみましょう。最高裁は、「人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する」と判断しました。 つまり、自分の顔や姿を無断で撮影されない利益は、法律で保護されるべきである、と認めたのです。

【従来の判断基準】最高裁が示した「総合考慮+受忍限度」

ただし、無断で撮影すれば直ちに違法(不法行為)となるわけではありません。最高裁は、撮影が違法かどうかを判断するための枠組みとして、以下の考え方を示しました。

ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべき

簡単に言えば、様々な事情を総合的に考慮した上で、その撮影による人格的利益の侵害が「社会生活を送る上で、我慢すべき限度(受忍限度)を超えているか」をケースバイケースで判断する、という枠組みです。この「総合考慮」の枠組みは、事案ごとの柔軟な判断を可能にする一方で、判断がある程度裁判官の裁量に委ねられるため、どのような場合に違法となるのか予測が難しいという課題がありました。

なお、この平成17年最高裁判決の時点では、肖像権は「保護されるべき利益」と表現されていましたが、後の最高裁判決(最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁)によって、個人の人格の象徴として「みだりに利用されない権利」であることが明確に認められています。

東京地裁が示す「類型化」アプローチ

こうした「予測が難しい」という課題を意識したのか、近年、東京地裁から「総合考慮+受忍限度」とは異なるアプローチで肖像権侵害を判断する裁判例が相次いで出ています。

これらの裁判例(東京地判令和4年7月19日(判タ 1507号240頁)、同令和4年10月28日(判タ 1513号232頁)、同令和5年12月11日(判タ 1520号244頁))は、肖像権侵害となるケースを以下の3つの類型に分けて判断する枠組みを提示しました。

第1類型:プライバシー侵害型

撮影等された者(以下「被撮影者」)の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき

第2類型:名誉感情侵害型

公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき

第3類型:平穏生活侵害型

公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるとき

これらの裁判例は、肖像権侵害となる場合を「類型化」することで、どのような行為が違法となりうるのか、その予測可能性を高めることで、表現・創作行為が萎縮することを防ごうとする試みと評価できます(判例タイムズ1513号232頁、同1520号244頁など)。

まとめ

肖像権侵害の判断基準としては、これまで、最高裁が示した「総合考慮+受忍限度」が用いられてきました。これは柔軟な判断ができる反面、予測可能性が低いという課題がありました。

これに対し、上に挙げた東京地裁の裁判例は、侵害される利益に応じた3つの「類型」に分けて判断するという、新しいアプローチを示しています。

こうした「類型化アプローチ」は、どのような撮影行為が違法となるかがより明確になり、表現活動における萎縮効果を防ぐことに繋がるものとして評価できるのではないかと思います。

この「類型化アプローチ」が裁判実務として確立されていくのか、今後の動きを注目していく必要があるといえるでしょう。

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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