弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

仮設住宅からの退去要求が不当なら住み続けられるのか|最高裁令和8年9月14日判決

令和8(2026)年9月16日


令和8(2026)年9月14日、最高裁判所第二小法廷は、東日本大震災の被災者が応急仮設住宅の供与終了後も住み続けた事案について、自治体が家賃相当の損害金を請求できるとした東京高等裁判所の判決を維持し、被災者側の上告を棄却しました。 [1] これにより高裁判決が確定しています。


本件は、津波で自宅を失い、宮城県気仙沼市から東京都内の区が用意した住宅へ避難した女性(以下「Aさん」とします)をめぐる事案です。区は災害救助法にもとづく応急仮設住宅としてこの住宅を提供していましたが、平成30(2018)年3月末でその提供を終了しました。Aさんはその後も3年半を超えて住み続け、区はその間の使用料相当の損害金を請求しました。


Aさん側は、区が退去を求めること自体が権利の濫用であり、だからこそ住み続ける権利があると主張しました。最高裁はこの主張を退けています。同じ第二小法廷は令和8(2026)年1月9日にも福島県の避難者の事案で似た判断を示しており、2つを並べると裁判所の考え方の輪郭が見えてきます。

この記事のポイント

  • 打切りが不当でも損害金は生じる: 最高裁は、退去を求めることが権利の濫用にあたるとしても、それによって使用料相当の損害金が発生しないことにはならないと判断しました。
  • 行政の判断の当否と、住み続ける権利は別: 令和8(2026)年1月9日の判決も、行政による打切りの判断が違法かどうかは、住み続ける権利の有無に影響しないとしています。
  • 区の対応が適切だと認めたわけではない点に注意: 最高裁は区の対応の当否そのものを判断しておらず、この判決から「自治体の対応に問題はなかった」と読み取ることはできません。

事件の背景

Aさんと夫は、平成23(2011)年3月11日の東日本大震災で気仙沼市内の自宅を失いました。同年5月、東京都内の区から住宅の一時使用を許可され、8月ごろまでに入居します。平成25(2013)年4月以降、この提供は災害救助法にもとづく応急仮設住宅の供与として扱われました。


応急仮設住宅は、プレハブなどを建てる「建設型」と民間住宅を借り上げる「賃貸型」が中心で、供与できる期間は原則として2年までです。内閣府の資料は、これとは別に、自治体が持つ公営住宅の空き住戸を本来の用途以外で使わせること(目的外使用)も積極的に図るよう求めています。 [2] 本件で区民住宅が使われたのは、この形にあたります。東日本大震災では特例として期間の延長が繰り返され、Aさんへの提供も7年近くに及びました。


平成28(2016)年、借り上げ期間の満了にともない、区が指定した別の区民住宅へ移ります。判決が認定したところでは、このとき転居先の候補はほかに示されず、家賃の額も、退去が遅れた場合の損害金の額も説明されていませんでした。


平成29(2017)年8月、宮城県知事は、平成30(2018)年3月末で提供を終える旨を通知します。その少し前から夫の体調は悪化しており、翌年1月には入院しました。気仙沼市に戻って生活を立て直す見通しは、この時点で立たなくなっています。


転居先も見つかりませんでした。反対意見によれば、区営住宅には被災者専用の募集枠がなく、都営住宅の専用枠は「東京都が提供する応急仮設住宅に入居していること」が条件とされていました。Aさんへの提供は宮城県の救助によるものであり、この条件にあてはまりません。一般の募集にも応じましたが、抽選にもれています。


区は、民間賃貸住宅や東京都住宅供給公社の住宅の情報を提供し、同年6月30日までに退去すれば弁償金を免除する旨も通知していました。それでも退去には至りません。弁償金は1日あたり6,410円、月額にすれば19万円を超えます。夫は同年10月に亡くなり、明渡しは令和3(2021)年10月でした。

裁判での争点

Aさん側の主張は、次のような組み立てでした。区が退去を求めることは権利の濫用であり、信義則にも反する。それが違法である以上、その反射として自分には住み続ける権利があるはずだ。そうであれば、損害金を支払う義務も生じない——。

最高裁が取り上げたのは、この1点だけです。ほかの主張は、上告を受理する段階ですでに審理の対象から外されていました。

最高裁判所の判断

1. 退去要求が不当でも、損害金は消えない

最高裁は、次のように述べました。仮に区が退去を求めることが権利の濫用または信義則違反にあたるとしても、それによって、占有したことによる使用料相当の損害金が発生しないことにはならない。だから、Aさん側の主張はそもそも前提を欠いている、と。

例で考えてみます。建物が隣の土地にわずかにはみ出している場合に、それを理由に建物全部の撤去を求めるのは行きすぎだとされたとしましょう。撤去はしなくてよくなります。しかし、はみ出している側にその土地を使う権利が生まれるわけではなく、使っている分の対価を払う義務は残ります。

権利の濫用という考え方は、相手の権利行使を封じる盾にはなりますが、自分に新しい権利を与える剣にはならない。最高裁の論理はこれと同じです。

結論として上告は棄却され、高裁の判決が確定しました。

2. 三浦守裁判官の反対意見

裁判官4名のうち1名、三浦守裁判官が反対意見を述べています。結論は、審理をやり直すべきだというものでした。


反対意見の中心は、自治体どうしの連携です。この事案では、救助を行うのが宮城県知事、それを応援するのが東京都知事、その補助をするのが区、という三段の構えでした。広域の避難では、送り出す側と受け入れる側が被災者の具体的な事情を踏まえて協議し協力しなければならない。反対意見はそう述べたうえで、本件にその形跡がないと指摘します。


生活保護を受ける方法もあったはずだという点についても、生活保護と応急仮設住宅の供与は制度の目的が異なり、後者の代わりにはならないとしています。

3. 令和8年1月9日判決との関係

もう一つの判決も構図は似ています。福島第一原子力発電所の事故で避難した人が、応急仮設住宅として提供された国家公務員宿舎に住み続けた事案です。県は無償の提供を終えるにあたって有償で住み続けられる仕組みを用意しましたが、避難者はこれに応じませんでした。最高裁は、県による打切りの判断が違法かどうかは、住み続ける権利の有無に影響しないと述べています。 [3]


この判決を検討した解説は、一連の経過を「県の打切り判断→都への要請の停止→都による供与の終了→占有する権利の消滅」と分解し、最初の打切り判断は「その後のプロセスの動機ないし誘因にすぎない」と整理しています。 [4] 前の段階の違法が後の段階へ引き継がれるのは例外的な場面に限られる、という発想です。


2つの判決を並べると、行政の判断の当否と、私法上の地位の有無とを切り離す姿勢が読み取れます。

この判決が実務・生活に与える影響

「打切りに納得できないから住み続ける」という選択は、たとえその打切りに問題があったとしても、後から金銭の負担となって返ってくることがあります。本件では日額6,410円が3年半を超えて積み上がりました。


打切りそのものを争うのであれば、住み続けるかどうかとは切り離し、行政上の手続や国家賠償請求といった別の道を検討することになります。住み続けること自体は、争う手段にはなりません。


ただし、あらゆる場合に損害金の請求が当然に認められるわけではない点には注意が必要です。最高裁も「本件の事実関係の下において」と述べ、事案を限定しています。反対意見が示したように、損害金を請求すること自体が権利の濫用と評価される場面はありうると考えられます。

まとめ

行政の対応に問題があったかどうかと、その建物に住み続ける権利があるかどうかは、別の問題である。今回の2つの判決に共通するのは、この切り分けです。裁判所は前者に踏み込まないまま、後者を否定しました。


もっとも、切り分けたからといって、行政の対応の当否が問われなくなるわけではありません。三浦裁判官の反対意見は、広域にわたる避難では、送り出す側の自治体と受け入れる側の自治体が協議し協力しなければならないと述べています。避難が長期化し、複数の自治体にまたがる事態は今後も起こり得ます。制度のあり方を考えるうえで、なお検討に値する指摘ではないでしょうか。

文末注

  1. 最高裁判所第二小法廷 令和8(2026)年9月14日判決(令和7年(受)第1337号・建物明渡等請求事件)。判示内容、事実関係及び三浦守裁判官の反対意見について参照。原審は東京高等裁判所 令和7(2025)年2月12日判決。 判決を見る ↩
  2. 内閣府政策統括官(防災担当)「災害救助法の概要(令和8年6月)」。応急仮設住宅の種類・救助期間、及び公営住宅の空き住戸の目的外使用による活用について参照。 資料を見る ↩
  3. 最高裁判所第二小法廷 令和8(2026)年1月9日判決(令和6年(受)第1046号・建物明渡等請求本訴、損害賠償請求反訴事件)。行政の判断の違法性と占有する権利の有無との関係についての判示、及び都営住宅の被災者専用枠の設定について参照。 判決を見る ↩
  4. 板垣勝彦「区域外避難者に対する国家公務員宿舎の明渡請求代位訴訟」ジュリスト1625号74頁(2026年)。令和8(2026)年1月9日判決について、一連の経過の分解と評価を参照。 ↩

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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