弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

パワハラ・カスハラによる精神障害は労災になるのか|令和7年度の統計から

令和8(2026)年9月13日


令和8(2026)年7月15日、厚生労働省が令和7年度の 「過労死等の労災補償状況」を公表しました。 脳・心臓疾患と精神障害を合わせた労災保険の支給決定件数は1,310件で、 前年度より5件増えています。 [1]

このうち、仕事が原因の精神障害(業務災害)として支給決定がされたのは1,082件、 未遂を含む自殺は76件でした。 精神障害の支給決定件数は、同じ資料に載っている 令和3年度以降の5年間では最も多い数字です。 [2]

もっとも、働く人にとって意味があるのは件数よりも内訳です。 どういう出来事がきっかけで労災と認められているのかを、 10月から始まるカスタマーハラスメント対策の義務化とあわせて整理します。

この記事のポイント

  • きっかけはパワーハラスメントが最多: 出来事別では「上司等からのパワーハラスメント」が222件、 「顧客や取引先、施設利用者等からの著しい迷惑行為」と 「セクシュアルハラスメント」が各127件でした。
  • 残業が少ない人も認定されています: 時間外労働の時間別では「20時間未満」が57件で最も多く、 労働時間の長さだけで決まる仕組みにはなっていません。
  • 統計は結果の集計であって、個別の事案の見通しではありません: 精神障害の認定率は28.2%であり、 請求すれば認められるというものではない点には注意が必要です。

令和7年度に労災と認められたのは何件か

内訳は、脳・心臓疾患の支給決定が217件(うち死亡67件)、 精神障害の支給決定が1,082件(うち未遂を含む自殺76件)です。 このほか、複数の会社で働く人の「複数業務要因災害」として 脳・心臓疾患7件、精神障害4件の支給決定があり、 冒頭の1,310件はこれらを合わせた数字です。 業種別では、精神障害は「医療、福祉」292件、「製造業」158件、 「卸売業、小売業」116件の順で、特定の業種だけの話ではありません。 [3]

なお、支給決定件数はその年度中に決定されたものの集計であり、 前年度以前に請求されて令和7年度に決定されたものも含まれています。 決定件数に占める支給決定件数の割合(認定率)は28.2%でした。 [4]

認定のきっかけになった出来事

精神障害が労災と認められるかどうかは、 実際に発生した業務による出来事を 「業務による心理的負荷評価表」の具体的出来事に当てはめ、 負荷(ストレス)の強さを評価する方法で判断されます。 [5]

令和7年度の1,082件を出来事別に見ると、 「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」が222件、 「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」と 「セクシュアルハラスメントを受けた」がいずれも127件、 「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」が113件でした。 [6]

このうち顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)は、 令和5(2023)年9月1日の認定基準の改正で評価表に加えられたものです。 以前から起きていた被害が、 労災認定の枠組みの中で正面から扱われるようになった、ということです。 [7]

残業時間の長さだけで決まるわけではない

精神障害の支給決定を時間外労働の時間別に見ると、 「20時間未満」が57件で最も多く、 次いで「40時間以上〜60時間未満」が55件です。 脳・心臓疾患では「60時間以上〜80時間未満」(2〜6か月の1か月平均)が 48件と最も多く、様相が異なります。 [8]

「過労死」という言葉の印象から労災は長時間労働の問題だと受け取られがちですが、 こと精神障害については、数字はそうなっていません。 上司からの攻撃的な言動、客からの理不尽な要求、担当業務の急な変更は、 残業が少なくても強い心理的負荷になり得ます。

令和8年10月1日からカスハラ対策が会社の義務になる

顧客等からの迷惑行為については、 令和7(2025)年6月11日に公布された労働施策総合推進法等の改正法 (令和7年法律第63号)により、 事業主に雇用管理上の措置を講じる義務が課されました。 施行は令和8(2026)年10月1日です。 同じ日から、求職活動中の人やインターンシップの参加者に対する セクシュアルハラスメントの防止措置も義務になります。 [9]

対象は、①顧客等の言動であって、②社会通念上許容される範囲を超えたものにより、 ③労働者の就業環境が害されるもの、という3つの要素を満たす言動です。 会社が講じなければならない措置には、方針の明確化と周知・啓発、 相談窓口の設置、事実関係の迅速な確認、被害を受けた労働者への配慮、 再発防止、プライバシーの保護、 相談を理由とする不利益な取扱いの禁止の周知が含まれます。 [10]

働く人の側から見れば、10月1日以降は、 客や取引先からの迷惑行為を相談する窓口が勤務先にあるのが当然の状態になります。 我慢して一人で処理すべき問題ではなくなる、ということです。

会社に責任を問えるかは、また別の判断

労災保険の給付は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡に対して行われます。 [11] これに対し、会社に慰謝料などの損害賠償を求めるには、 会社側の責任を基礎づける事情を主張し、証拠で裏付ける必要があります。 その根拠としてよく用いられるのが労働契約法5条の安全配慮義務で、 同条は、使用者は労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ 労働することができるよう必要な配慮をするものとする、と定めています。 [12]

労災が認められたからといって、会社への損害賠償がそのまま認められるわけではありません。 逆に、労災としては認められなくても、 会社の対応そのものを問題にできる余地は残ります。両者は別の枠組みです。

まとめ

令和7年度の統計が示しているのは、 仕事が原因の精神障害が、長時間労働だけでなく、 人と人との間で起きた出来事を理由として広く認められているということです。 10月からのカスタマーハラスメント対策の義務化も、同じ流れの中にあります。

ただし、支給決定は個別の事案を判断した結果の集計であり、認定率は28.2%です。 似た出来事があれば必ず認められる、というものではありません。 体調に変化が出ているのであれば、出来事の日時と内容、 メールやチャットのやり取り、勤務の記録を残しておくことが、後の判断材料になります。

文末注

  1. 厚生労働省 「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」 (令和8〈2026〉年7月15日公表)。 脳・心臓疾患と精神障害を合わせた支給決定件数が1,310件 (前年度比5件の増加)であることについて参照。 報道発表を見る ↩
  2. 厚生労働省 「令和7年度『過労死等の労災補償状況』別添資料2 (精神障害に関する事案の労災補償状況)」。 精神障害の支給決定件数1,082件及び未遂を含む自殺76件、 並びに令和3年度から令和7年度までの支給決定件数の推移 (629件、710件、883件、1,056件、1,082件)について参照。 資料を見る ↩
  3. 前掲・厚生労働省 「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」。 脳・心臓疾患の支給決定件数217件(うち死亡67件)、 複数業務要因災害に係る支給決定件数(脳・心臓疾患7件、精神障害4件) 及び精神障害の業種別の傾向について参照。 報道発表を見る ↩
  4. 前掲・厚生労働省 「令和7年度『過労死等の労災補償状況』別添資料2」の注3・注4・注5。 決定件数が前年度以前に請求されたものについて決定した件数を含むこと、 支給決定件数が決定件数のうち業務災害と認定した件数であること、 及び認定率が28.2%であることについて参照。 資料を見る ↩
  5. 厚生労働省 「心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改正概要 (令和5年9月1日付け基発0901第2号)」。 実際に発生した業務による出来事を 「業務による心理的負荷評価表」の具体的出来事に当てはめ、 負荷(ストレス)の強さを評価する仕組みについて参照。 資料を見る ↩
  6. 前掲・厚生労働省 「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」。 精神障害の出来事別の支給決定件数 (パワーハラスメント222件、顧客や取引先、施設利用者等からの 著しい迷惑行為127件、セクシュアルハラスメント127件、 仕事内容・仕事量の大きな変化113件)について参照。 報道発表を見る ↩
  7. 前掲・厚生労働省 「心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改正概要」。 「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が 具体的出来事として業務による心理的負荷評価表に追加されたことについて参照。 資料を見る ↩
  8. 前掲・厚生労働省 「令和7年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」。 精神障害及び脳・心臓疾患の時間外労働時間別の支給決定件数について参照。 報道発表を見る ↩
  9. 厚生労働省 「職場におけるハラスメントの防止のために」。 「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する 法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)が 令和7(2025)年6月11日に公布されたこと、 カスタマーハラスメント対策及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策の 義務化が令和8(2026)年10月1日から施行されること、 並びに関係する指針(令和8年厚生労働省告示第51号・第52号)について参照。 資料を見る ↩
  10. 厚生労働省 「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化 【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」。 カスタマーハラスメントの3つの要素及び 事業主が講じなければならない措置の内容について参照。 資料を見る ↩
  11. 労働者災害補償保険法7条1項1号。 「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する 保険給付」を労災保険の保険給付の一つとして定めています。 e-Gov法令検索を見る ↩
  12. 労働契約法5条。 「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ 労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。 e-Gov法令検索を見る ↩

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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