韓国の「法歪曲罪」とは?日本・ドイツとの違いと影響
令和8(2026)年3月28日
令和8(2026)年3月12日、韓国で刑法第123条の2として「法歪曲罪(ほうわいきょくざい)」が施行されました。これは、裁判官や検察官などが意図的に法律を誤って適用し、裁判や捜査の結果を左右した場合に、直接的に刑事罰を科すという制度です。
日本をはじめとする多くの国では、裁判官の判断に誤りがあった場合、控訴や上告といった「上訴(じょうそ)」の手続きによって上の裁判所が是正するのが一般的です。そのため、法適用そのものを正面から犯罪として処罰するこの制度は、異例の取り組みと言えるでしょう。
本記事では、この「法歪曲罪」がどのような内容の法律なのか、導入の背景となった制度改革、そして日本やドイツの制度との違いを踏まえ、司法にどのような影響を与える可能性があるのかを整理して解説します。
この記事のポイント
- 韓国で2026年3月に施行された「法歪曲罪」は、刑事事件に関わる裁判官・検察官・捜査担当者などが対象となります。
- そして、単なる判断の誤りではなく、他人に不当な利益や不利益を与える目的で、意図的に法律を誤適用した場合が処罰の対象です。
- 日本には同様の独立した処罰規定はなく、主に控訴・上告などの上訴制度や、既存の職権濫用罪などで対応する仕組みとなっています。
法歪曲罪の対象と処罰される要件
韓国刑法に新設された法歪曲罪の対象となるのは、刑事事件の裁判に関与する裁判官(法官)、起訴や公判を担当する検察官、および犯罪捜査を行う担当者です。民事裁判や行政裁判など、刑事事件以外の司法手続きは対象に含まれません。
処罰されるための要件は厳格に絞られており、単に法解釈を間違えたり、誤った判決を下したりしただけで直ちに罪に問われるわけではありません。具体的には、「他人に違法または不当な利益を与え、あるいは他人の権利を害する目的」を持っていることが必要とされています。その上で、適用すべきでない法律を意図的に適用したり、証拠を隠滅・偽造したり、違法な手段で集めた証拠を利用するなどして、故意に裁判や捜査の結果に影響を与えた場合に処罰の対象となります。
違反した場合は、10年以下の懲役および10年以下の資格停止という重い刑罰が科されます。ただし、法令の解釈や適用に関する合理的な裁量の範囲内と判断される場合は、処罰の対象外とされています。
導入の背景:「司法改革3法」による大きな変化
この法歪曲罪は、単独で作られたものではなく、韓国における「司法改革3法」と呼ばれる大きな制度変更の一環として施行されました。報道等によれば、この改革は以下の3つの柱から成り立っています。
- ・法歪曲罪の新設
- ・裁判所の確定した判決に対する限定的な憲法訴願(再判所訴願)の導入
- ・最高裁判所にあたる大法院の判事の大幅な増員(現在の14名から段階的に26名へ)
「憲法訴願」とは、確定した裁判が憲法に基づく基本的人権を侵害していると認められる極めて限定的な場合に、憲法裁判所への不服申し立てを認める仕組みです。これらの制度が同時に動き出したことで、韓国の司法制度は歴史的な転換点を迎えていると考えられます。
制度に対する懸念と司法への影響
権力の乱用を防ぐ目的で導入された法歪曲罪ですが、韓国国内でも慎重な意見が強く主張されています。特に懸念されているのが、裁判官や検察官の萎縮(いしゅく)です。
法律の解釈には、どうしても一定の幅や専門的な判断が求められます。しかし、「後から刑事罰に問われるかもしれない」というプレッシャーが強まると、前例のない複雑な事件などに対して、判断を避けるような消極的な姿勢に陥るおそれがあります。
また、裁判に負けた側や捜査を受けた側が、自分に不利な判断を下した裁判官らを報復の目的で刑事告発するリスクも指摘されています。実際に、制度が施行された2026年3月12日の当日に、現職の最高裁判所長官らが法歪曲罪で告発されたとの報道もあり、実務現場への心理的・制度的な影響がすでに現れ始めています。
日本やドイツの制度との違い
ドイツにおける「法歪曲罪」
法歪曲罪をめぐっては、「ドイツにも似た法律がある」と言及されることがあります。確かに、ドイツ刑法339条には「Rechtsbeugung(法歪曲)」という規定があり、裁判官などが法律事件において当事者の一方に有利または不利に法を曲げた場合を処罰の対象としています。
しかし、法律の条文が存在することと、実際の運用が同じであることは別問題です。例えば、ドイツでは検察官が原則として事件を起訴しなければならない「起訴法定主義」の側面が強いのに対し、韓国や日本では、検察官の裁量で起訴を見送ることができる「起訴便宜主義」が採用されています。刑事手続きの構造が異なるため、単純に制度を比較することは困難と考えられます。
日本の現行制度の対応
日本では、公務員が権限を乱用した場合、「公務員職権濫用罪(刑法193条)」などの規定によって処罰される可能性があります。
しかし、韓国の法歪曲罪のように、「法律の適用を意図的に歪めること」そのものを独立した犯罪として名指しで処罰する規定は、現在の日本には見当たりません。日本では、裁判官の判断に誤りがあると考えられる場合は、まずは控訴や上告、再審といった法的な手続きを通じて判断を是正するという仕組みが基本とされています。これは、高度な専門性が求められる法解釈の問題に、刑事処罰が安易に介入することへの慎重な姿勢の表れと言えます。
まとめ
韓国で新たに施行された法歪曲罪は、刑事事件における裁判官や検察官による意図的な法の誤適用を処罰する、要件が厳格に絞られた制度です。しかし、司法の独立性への影響や、実務担当者の萎縮、報復的な刑事告発の誘発など、運用上の懸念も数多く指摘されています。
司法の誤りを正すことは重要ですが、そこに直接的な刑事罰を導入することが適切かどうかについては、慎重な議論が必要です。今回の韓国における制度変更は、権力の統制と司法の独立という難しいバランスをどう保つべきかについて、日本にも重要な問いを投げかけていると考えられます。
出典・参照資料
出典・参照資料
- 韓国 法制処(법제처):刑法
- 韓国 法制処(법제처):憲法裁判所法
- Yonhap News:「재판소원·법왜곡죄 공포·시행…'사법3법' 사법체계 대변화」(令和8(2026)年3月11日)
- Yonhap News:Complaint filed against top court chief justice for 'legal distortion'(令和8(2026)年3月12日)
- ドイツ刑法(Gesetze im Internet):§ 339 StGB
- ドイツ刑事訴訟法(Gesetze im Internet):German Code of Criminal Procedure
- 日本法令外国語訳データベースシステム:刑法
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
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