国立大学非常勤講師の「労働者性」と無期転換を認めた高裁判決
令和8(2026)年2月27日
国立大学法人に17年間勤務した非常勤講師が、労働契約法に基づく無期転換権と雇止めの無効を訴えた裁判例(東京高判令和8年1月15日)を取り上げ、第一審では否定された労働者性が、控訴審でどのように認められたのか、専門職の裁量権や文科省の指導など、判決を分けた決定的な要因について解説します。
この記事のポイント
- 委嘱契約の大学非常勤講師であっても、実態として常勤教員と同等の授業を担当していれば労働基準法上の労働者に該当する可能性があります。
- 第一審(東京地裁)は労働者性を否定しましたが、控訴審(東京高裁)は業務の裁量権は専門職の特性にすぎないとして労働者性を肯定しました。
- 労働者性が認められた結果、無期転換権の行使が有効とされ、雇止めは無効(未払賃金の支払い命令)となりました。
国立大学法人に長年勤務した非常勤講師が、雇止めの無効と無期転換を求めた裁判例をご紹介します。本件は、形式的には委嘱契約であっても、実態として労働基準法上の労働者に該当するかが争われた事案です。第一審と控訴審で判断が分かれましたが、控訴審(東京高裁)において労働者性が肯定されました。本記事では、この判決のポイントを解説します。
国立大学非常勤講師の労働者性が争われた事案の概要
本件は、国立大学法人(被告)において17年間にわたり数学科目の非常勤講師として勤務してきた原告が、雇止め(次年度の委嘱を行わない旨の通知)を受けた事案です。
原告は、期間の定めのない労働契約へ転換する権利(無期転換権)を行使し、雇止めの無効を訴えました。
主な争点:非常勤講師は「労働者」か?
最大の争点は、原告が結んでいた1年ごとの「委嘱契約」が、労働契約法上の適用対象となるのか、すなわち原告が労働契約法上の「労働者」に該当するか否かという点でした。
労働者性の判断基準における第一審と控訴審の違い
第一審(東京地判令和7年2月20日(労経速 2590号17頁))と控訴審(東京高判令和8年1月15日(ウエストロー2026WLJPCA01156001))では、労働者性の判断要素に対する評価が大きく分かれました。
指揮監督関係および業務の裁量権について
大学の講義等における自由度や裁量について、両審の判断は以下のとおりです。
- 第一審の判断:
講義内容、教授方法、成績評価などを自由に決定しており、具体的な指揮監督を受けていないため、労働者性を否定しました。 - 控訴審の判断:
業務遂行上の裁量は、大学教員という専門職としての特性であり、労働者である常勤教員にも共通するものです。そのため、裁量が大きいことだけを理由に労働者性を否定することはできないと判断されました。また、シラバスの統一や補講の指示などから、大学側の指揮監督が及んでいたと評価されました。
時間的・場所的拘束性と専属性について
講義時間以外の拘束や、他大学での兼業(専属性)についても判断が分かれました。
- 第一審の判断:
講義時間以外の場所的・時間的拘束がなく、他大学での兼業も自由であるため、使用従属関係はないとしました。 - 控訴審の判断:
出勤時刻の厳格な管理がないのは常勤教員も同じであり、講義の時間・場所が指定されている以上、一定の拘束性があると判断しました。また、専属性が低いことは、労働者性を決定的に弱める要素ではないとされました。
報酬の労務対償性について
1コマ単位で支払われる報酬の性質(労務対償性)についても判断が分かれました。
- 第一審の判断:
1コマ単位で支払われる報酬を「特定の事務執行に対する対価」と捉え、労務対償性を否定しました。 - 控訴審の判断:
大学側が報酬を「給与」と呼び、所得税を源泉徴収していたことなどから、労務の対価としての性質(労務対償性)を認めました。
・控訴審が「労働者性」を認めた決定的な要因
控訴審が第一審の判決を覆した背景には、大学教員という専門職の実態や、行政・社会の動向を考慮した点があります。
専門職における裁量の捉え方
前述のとおり、大学教員は具体的な指揮監督を受けにくい専門職です。常勤教員と非常勤講師とで、授業運営の裁量に本質的な差がないにもかかわらず、非常勤講師の労働者性のみを否定するのは不合理であると指摘されました。
文部科学省の指導と社会的動向の影響
控訴審は、以下の状況も重視しています。
- 文部科学省は、実質的な授業科目を担当させる場合、請負・準委任契約とすることは不適切であると指導していること。
- 多くの国立大学において、非常勤講師を労働者として処遇し、無期転換の道を設けている社会的趨勢があること。
さらに、被告大学自身も、事後的に非常勤講師を労働者として扱う就業規則を定めており、実態として労働契約であったとみるのが自然であると判断されました。
控訴審判決の結論と実務への影響
控訴審は、原告の労働者性を認めたうえで、無期転換権の行使により期間の定めのない労働契約が成立したと認定しました。その結果、雇止めは「解雇」にあたり、客観的に合理的な理由等を欠くため無効と判断されました。
これにより、被告大学に対しては、原告の労働契約上の地位の確認とともに、未払賃金(月額13万6000円等)および遅延損害金の支払いが命じられました。
まとめ
本件の控訴審判決(東京高判令和8年1月15日)は、委嘱契約という形式にとらわれず、業務の本質的な実態に着目して大学非常勤講師の労働者性を認めた重要な裁判例です。
特に、大学教員などの高度な専門職において、業務遂行上の「裁量権が大きい」という事実が、直ちに労働者性の否定につながるわけではないことが明確に示されました。常勤教員と同等の裁量や業務内容であれば、労働基準法上の保護を受ける可能性があります。
また、文部科学省の指導や他大学の動向といった社会的状況も考慮されており、教育現場における実質的な就労形態の適正化を促す判断といえるでしょう。今後の非正規教員の処遇見直しや無期転換ルールの適用において、大きな影響を与える可能性があります。
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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