経歴詐称による内定取消しは有効か?裁判所が「有効」と判断した理由
令和7(2025)年10月24日
採用内定をもらった会社から、入社直前に「経歴に嘘がある」として内定を取り消されたら...。今回は、コンサルティング会社のアクセンチュア社を相手取って争われた裁判例(東京地判令和6年7月18日労経速2574号9頁)をもとに、経歴詐称と内定取消しの法的なポイントについて分かりやすく解説します。
この裁判のポイント(ひとことで言うと?)
この裁判は、アクセンチュア株式会社から採用内定をもらった甲野太郎さん(仮名)が、入社直前に「経歴に嘘がある」として内定を取り消されたことについて争ったものです。甲野さんは「内定取消しは無効だ!」と訴えましたが、裁判所は会社の主張を認め、「経歴詐称を理由とした内定取消しは有効」という結論を下し、甲野さんの訴えを退けました。
登場人物と争点
登場人物
- 原告(訴えた人):甲野太郎さん
アクセンチュア社から採用内定を得たものの、後日取り消されてしまった人。 - 被告(訴えられた人):アクセンチュア株式会社
甲野さんの経歴に虚偽の申告があったとして、採用内定を取り消した大手コンサルティング会社。
争点
甲野さんの経歴詐称を理由に、アクセンチュア社が行った内定の取消しは、法的に有効か、それとも無効か?
甲野さんが提出した履歴書や職務経歴書に、過去の勤務先や職歴のない期間などを記載していなかったことが「重大な嘘(経歴詐称)」にあたるのか、そしてそれを理由に内定を取り消すことが許されるのか、という点が最大の争点となりました。
何があったのか?(事実のタイムライン)
裁判所が認めた、これまでの経緯は以下の通りです。
- 【令和4(2022)年初め頃】
甲野さん、転職エージェント経由でアクセンチュア社の中途採用に応募。履歴書と職務経歴書を提出します。 - 【令和4(2022)年4月~5月】
書類選考を通過し、2回のWeb面接を受けます。この過程で、過去の源泉徴収票なども提出しました。 - 【令和4(2022)年5月30日】
アクセンチュア社から採用内定の通知を受け、雇用契約書にサインします。入社予定日は令和4(2022)年9月1日と決まりました。
この契約書には、「経歴調査(バックグラウンドチェック)に協力すること」や「調査の結果、問題があれば内定を取り消すことがある」といった条件が記載されていました。 - 【令和4(2022)年6月~7月】
アクセンチュア社は、専門の調査会社に依頼して甲野さんの経歴調査を開始。
調査の過程で、甲野さんが提出した書類には書かれていなかった会社(F社、G社)での勤務歴や、数ヶ月間の職歴のない期間(ブランク)があることが判明します。 - 【令和4(2022)年8月】
アクセンチュア社は甲野さんに事情聴取。甲野さんは、過去の勤務先(F社、G社)との間でトラブルがあったため、採用に不利になると考えて経歴を記載しなかった、と説明します。
会社は「意図的に経歴を偽って申告したのは悪質だ」と判断。
8月30日、アクセンチュア社は甲野さんに対し、内定を取り消すことを正式に通知しました。 - 【その後】
甲野さんは、この内定取消しは不当で無効だと主張し、社員としての地位の確認や、働いていたらもらえるはずだった給料、慰謝料などを求めて裁判を起こしました。
裁判所はどう判断したのか?(結論と理由)
各争点に対する裁判所の判断は以下の通りです。
結論:有効である(認められる)
まず、採用内定は単なる口約束ではなく、「もし重大な問題が後から見つかった場合には、契約を解除できる権利」を会社が持っている、特殊な労働契約にあたります。ただし、会社はその権利をむやみに使うことはできず、「客観的に見て合理的な理由」があり、「社会の常識に照らして妥当」な場合でなければなりません(裁判所の判示 「雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して優越した地位にあり、かつ、採用内定を受けた者は当該企業との雇用関係の継続についての期待の下に他企業への就職の機会と可能性を放棄するものであることは、いわゆる中途採用に当たる本件採用内定に当たっても同様に妥当することを考慮すると、上記解約権の行使は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られるものと解するのが相当」)。
理由
- 裁判所は、甲野さんが履歴書や職務経歴書に意図的に嘘の記載をした(経歴詐称)と認定しました。
- なぜ嘘をついたのか、その動機を調べたところ、甲野さんは直近の勤務先2社(F社、G社)とトラブルになって短期間で辞めており、その事実が採用の際に不利になると考え、トラブルの事実を隠すためにわざと記載しなかったと判断されました。
- 会社が従業員を雇うとき、その人のスキルや経験だけでなく、人柄や信頼できる人物かどうかも非常に重視します。過去の職歴やトラブルの有無は、その人を判断するための重要な情報です。
- 甲野さんが隠していた「短期間での退職」や「前職とのトラブル」という事実は、会社が採用を決める上で極めて重要な事柄でした。もし会社が最初からこの事実を知っていれば、内定を出さなかった可能性が高いと言えます。
- さらに、甲野さんは面接の過程でも事実と異なる説明をしたり、一部の源泉徴収票を自分で書き換えて提出したりしており、その態度は「信頼を裏切る悪質なもの(不正義性が認められる)」と評価されました。
以上のことから、会社が「甲野さんとは信頼関係を築けない」と判断し、内定を取り消したことには十分合理的で、常識的に見ても妥当な理由があると結論付けました(裁判所の判示 「原告が本件履歴書及び本件職務経歴書に真実と異なる記載をしたことは、被告において本件採用内定当時は知ることができなかった事実であって、原告が虚偽の申告を行った動機や秘匿した事項、秘匿の方法や態様などを考慮すれば、原告が被告の運営に当たり円滑な相互信頼関係を維持できる性格を欠き、企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる」)。
難しい言葉のカンタン解説
法律上は「解約権留保付雇用契約(かいやくけんりゅうほつきこようけいやく)」が成立した状態と見なされます。これは、「入社日までは正式な社員ではないけれど、会社とあなたの間には、もう労働契約が始まっていますよ。ただし、卒業できないとか、経歴に嘘が見つかるといった“もしも”の場合には、会社はこの契約をキャンセルできますよ」という、条件付きの契約のことです。
学歴や職歴、持っている資格など、自分の経歴について嘘をつくことです。今回の裁判では、過去に勤めていた会社を履歴書に書かなかったことなどが、これにあたると判断されました。
裁判所が、訴えた側の主張や請求を「理由がない」として退けることです。今回の判決の「原告の請求をいずれも棄却する」とは、「甲野さんの訴えは認められません」という意味です。甲野さんの「負け」ということになります。
相手の信頼を裏切る行為の度合いのことです。「背信性が高い」とは、「裏切り行為が悪質で、とても信頼できない」という意味で使われます。裁判所は、甲野さんがトラブルを隠すために意図的に嘘をついた点を「背信性が高い」と判断しました。
わざと、または不注意によって、他人の権利や利益を傷つける違法な行為のことです。甲野さんは「会社の内定取消しは不法行為だ」と主張しましたが、裁判所は「内定取消しは有効」と判断したため、不法行為にはあたらないと結論付けました。
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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