【最高裁判例】部下へのパワハラで懲戒免職は重すぎる?市の処分を認めた判断とは:最判令和7年9月2日
令和7(2025)年9月3日
部下への長年にわたるパワハラを理由に懲戒免職(クビ)になった元消防職員が、「処分が重すぎる」と市を訴えた裁判がありました。最終的に最高裁判所は市の判断を支持し、懲戒免職は妥当であるという結論を出しました。
本記事では、どのような行為がパワハラと判断され、なぜ最も重い処分が認められたのか、この最高裁判決のポイントを分かりやすく解説します。
この裁判のポイント(最高裁判決の概要)
この裁判は、元消防職員が部下への約13年間にわたる悪質なパワハラを理由に懲戒免職処分を受けたことに対し、「処分が重すぎるため違法だ」として市を訴えたものです。下級審では判断が分かれましたが、最終的に最高裁判所は市の処分を支持しました。
結論として、「長期間かつ多数の部下への悪質なパワハラを考えれば、懲戒免職は妥当だ」として、元職員の訴えを退ける判決を下しました。
事案の概要(登場人物と争点)
登場人物
- 訴えた人(原告):懲戒免職処分を受けた、元消防職員(被上告人)
- 訴えられた人(被告):元職員を懲戒免職にした、糸島市(上告人)
争点
元職員が行った数々のパワハラ行為に対して、懲戒処分の中で最も重い「懲戒免職(クビ)」という処分は、厳しすぎて違法ではないか?
裁判所が認定した事実(タイムライン)
裁判所が認定した、これまでの出来事です。
- 平成5(1993)年~
元職員は消防士として採用され、順調に昇進。小隊長などの役職に就く。 - 平成15(2003)年頃~平成28年頃(約13年間)
この間、少なくとも10人の部下職員に対して、日常的にパワハラ行為を繰り返す。 - 平成28(2016)年6月~7月
職場のアンケートでパワハラの実態が明らかに。職員有志が市長に実態調査を求める文書を提出し、市が調査を開始。 - 平成29(2017)年3月3日
市(消防長)が、これらのパワハラ行為を理由に、この元職員を懲戒免職処分にする。 - 裁判開始後
同僚の消防職員66人が、「あの人が職場に戻ってくると職場の秩序が乱れるし、報復が怖い」として、職場復帰に反対する書面を裁判所に提出した。
パワハラ行為の具体例
暴言の例
- ・「ぶっ殺すぞ」「死ね」「お前はできん」といった人格を否定する発言。
- ・「丈夫に産んでくれなかった親が悪い」「お前の娘もそうなる」など、家族を侮辱する発言。
- ・「俺が太陽たい。俺を中心に仕事をしろ」など、自己中心的な言動で部下を支配。
暴力・いじめの例
- ・新人職員の体をロープで縛って宙づりにし、懸垂を強制する。
- ・新人職員が熱中症で意識を失い、失禁するまで過酷な訓練を続けさせる。
- ・訓練のペナルティと称して、深夜に腕立て伏せ100回などを強制する。
最高裁判所はどのように判断したか?
結論:懲戒免職は「妥当」
一番の争点だった「懲戒免職は重すぎるか?」について、最高裁判所は違法ではない(処分は妥当である)と判断しました。
理由の詳細
最高裁判所が、市の判断を妥当とした主な理由は以下の通りです。
- 一つ一つの行為が、訓練や指導として許される範囲を大きく超えており、極めて悪質である。
- これらの行為は、十数年という非常に長い期間にわたり、少なくとも10人という多数の部下に対して、執拗に繰り返されてきた。
- 行為の動機は、部下への嫌悪感やイライラといった個人的な感情による部分が大きく、同情できる点はない。
- 指導的立場にある職員の行為が職場環境を著しく悪化させ、消防組織全体の秩序や規律を大きく乱した。人命に関わる組織において、その悪影響は特に深刻である。
- 多くの同僚職員が復帰に反対していることからも、組織に与えたダメージの大きさがうかがえる。
- 過去に懲戒処分歴がないこと等を考慮しても、市の判断が社会の常識から大きく外れている(裁量権の逸脱・濫用)とは認められない。
法律用語のやさしい解説
この判決で使われた専門用語の簡単な説明です。
- 懲戒免職(ちょうかいめんしょく)
- 公務員が起こした問題に対する罰として、最も重いもの。強制的にクビにすること。退職金が支給されない場合もあります。
- 上告(じょうこく) / 被上告人(ひじょうこくにん)
- 「上告」は、二審の判決に不服がある場合に、最高裁判所に最終判断を求めること。今回は市が「上告」しました。「被上告人」は、上告された側の人のことです。
- 原判決を破棄する(げんはんけつをはきする)
- 「原判決」とは、最高裁判所から見て一個前の裁判(今回は二審)の判決のこと。「破棄する」とは、その判決を取り消すという意味です。
- 請求を棄却する(せいきゅうをききゃくする)
- 訴えた人の「~してほしい」という言い分(請求)には理由がないとして、裁判所が退けることです。
- 裁量権の逸脱・濫用(さいりょうけんのいつだつ・らんよう)
- 行政機関(今回は市の消防長)には、法律の範囲内で自由に判断できる権利(裁量権)があります。その権利の範囲を超えたり、無茶な使い方をしたりした場合、その判断は「違法」と見なされます。今回は、市の判断は裁量権の範囲内だと判断されました。
まとめ
今回の最高裁判決は、長期間かつ多数の部下に対する悪質なパワハラ行為に対しては、懲戒免職という最も重い処分も社会通念上、妥当と判断され得ることを示した重要な事例と言えるでしょう。指導的立場にある者の行為が組織全体に与える影響の大きさが厳しく評価された結果です。
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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