【裁判例解説】京大の立て看板撤去は適法?大学の敷地管理権と組合活動
2025年8月5日
大学のキャンパスで長年見慣れた立て看板が、ある日突然撤去されたら...。これは、実際に京都大学で起きた出来事です。教職員の労働組合は「不当な撤去だ」と大学と市を訴えましたが、裁判所は大学側の対応を支持しました。
なぜ、そのような判断が下されたのでしょうか?本記事では、この「京大立て看板訴訟」判決(京都地判令和4年2月16日)を基に、大学の敷地管理権と組合活動の権利がぶつかった大学の敷地管理権と組合活動の権利がぶつかったケースにおいて、裁判所がした判断について解説します。
この記事のポイント
- 京都市による景観条例に基づく立て看板への行政指導は適法と判断されたこと。
- 大学による立て看板の撤去は、組合活動を狙った不当労働行為にはあたらないとされたこと。
- 事前の通告や交渉を行っているため、大学の撤去行為は違法な自力救済ではなく正当な敷地管理権の行使と認められたこと。
裁判の概要:誰が何を争ったのか?
この裁判は、京都大学の教職員で作る労働組合が、「長年設置してきた立て看板を、京都大学と京都市が共同して不当に撤去した」と主張し、損害賠償を求めたものです。しかし裁判所は、京都市の指導も、それに基づいた大学の看板撤去も適法であると判断し、労働組合の訴えを全面的に退けました。
登場人物
- 原告(訴えた側):京都大学の教職員で構成される労働組合
- 被告(訴えられた側):国立大学法人京都大学(京大)と京都市
主な争点
この裁判では、主に以下の2点が争われました。
- 京都市が京大に対して行った「看板を是正しなさい」という行政指導は違法か?
- 京大が組合の立て看板について行なった一連の撤去行為は違法か?
特に2点目の「京大の行為の違法性」については、さらに細かい論点が含まれていました。
- 撤去のきっかけとなった京都市の条例や行政指導は、そもそも違法ではないか?
- 組合活動のための看板撤去は、組合潰しを狙った「不当労働行為」にあたるのではないか?
- 看板撤去後の大学の話し合いの態度は「不誠実」だったのではないか?
- 裁判などを経ずに実力で看板を撤去したのは、許されない「自力救済」ではないか?
事件の経緯:立て看板撤去までのタイムライン
裁判所が認定した事実関係はおおよそ以下の通りです。
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以前からの状況
京大キャンパス周辺には、原告を含む不特定多数の団体や個人が多数の立て看板を設置。京都大学は明示的に許可していなかったものの、平成29(2017)年11月頃までは撤去を求めたことはなかった。
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平成29(2017)年10月5日
京都市が京大に対し、看板が市の屋外広告物条例に違反しているとして行政指導を行いました。
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平成30(2018)年3月
京大が学内の立て看板に関する新ルール(立看板規程)を作成しました。
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平成30(2018)年5月
新ルールに基づき、違反看板へ撤去通告書を貼付し、その後、大学が残存看板を一斉に撤去しました。
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令和3(2021)年 訴訟提起
組合が、一連の大学と市の対応は違法だとして損害賠償を求めて提訴しました。
裁判所の判断:なぜ大学の立て看板撤去は適法とされたのか?
裁判所は、組合の主張を退け、京大と京都市の行為はいずれも違法ではないと判断しました。
争点1:京都市の行政指導は適法か? → 結論:適法である
裁判所の判断理由
裁判所は、京都市の屋外広告物条例が景観保護の目的で合理的であり、憲法に違反するものではないとしました。その上で、大学の敷地管理者である京大に対して、条例を守るよう「努力」を求める行政指導をすることは何ら問題ないと判断しました。
争点2:京大による看板撤去は適法か? → 結論:適法である
裁判所の判断理由
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・不当労働行為ではない
大学の撤去は、組合だけを狙ったものではなく、条例違反の状態を是正するために全ての看板を対象としたものでした。そのため、組合活動を妨害する目的(不当労働行為意思)は認められないと判断されました。
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・労使慣行は成立していない
組合が長年看板を設置していた事実だけでは、大学がそれを法的な権利として認めていたとまでは言えないとしました。大学側が「黙認」していたに過ぎず、いつでも撤去を求められる状態だったと判断されました。
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・不誠実な団体交渉ではない
大学は、代替の設置場所を地図や合成写真まで用意して提案するなど、誠実に交渉に応じていたと評価されました。
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・違法な自力救済ではない
大学は事前に何度も撤去を求め、話し合いも行っています。組合側に看板を設置し続ける絶対的な権利はなく、撤去は大学の敷地管理権に基づく正当な行為であり、違法な自力救済にはあたらないと判断されました。
法律用語をやさしく解説
- 不法行為(ふほうこうい)
わざと、または不注意で、他人の権利や法律で保護される利益を侵害する行為のこと。これによって生じた損害を埋め合わせる(賠償する)責任が発生します。
- 不当労働行為(ふとうろうどうこうい)
会社などの使用者が、労働組合の活動を邪魔したり、組合員であることを理由に不利益な扱いをしたりすること。労働組合法で禁止されています。
- 労使慣行(ろうしかんこう)
会社と労働者の間で、特定のルールや扱いが長年繰り返され、お互いに「それが当たり前だ」と認識している状態のこと。時には、契約書に書いていなくても法的な効力を持つことがあります。
- 自力救済(じりききゅうさい)
自分の権利が侵害されたときに、裁判所などの法的手続きを通さず、自分の力で権利を取り戻そうとすること。原則として法律で禁止されています。
- 屋外広告物(おくがいこうこくぶつ)
看板、立て看板、ポスター、広告塔など、建物の外に設置され、多くの人に見せるための表示物の総称です。
まとめ
本記事では、京都大学の立て看板撤去を巡る裁判例について解説しました。この判決のポイントは、長年黙認されてきた状態であっても、それが法的に保護される権利(労使慣行)とは必ずしも認められないこと、そして、景観条例など正当な理由に基づき、適切な手続き(事前通告や交渉)を踏めば、大学は敷地管理権を行使して看板等を撤去できる、という点にあります。
これは大学に限らず、あらゆる土地の管理者と利用者の間で起こりうる問題です。権利を主張する際は、その根拠が法的にどの程度保護されるものなのか、また、相手方の権利とのバランスを考慮することが重要であると本件は示唆していると言えるでしょう。
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、
法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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