弁護士 櫻町直樹(内幸町国際総合法律事務所)

「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」(第11回)の要点

令和7(2025)年8月2日

最高裁判所から、第11回目となる「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」が公表されました。この報告書は、裁判がより早く、適正に進められるようにするための現状分析と今後の課題をまとめたものです。特に今回は、裁判手続のデジタル化が大きなテーマとなっています。本記事では、この報告書の重要なポイントを分かりやすく解説します。

この記事の要点

  • 裁判手続の全面的なデジタル化が「3つのe」を軸に進行中です。
  • デジタル化が進む一方、民事・刑事・家事の各分野で審理期間の長期化傾向が課題となっています。
  • 迅速化の実現には、法曹三者(裁判所・検察・弁護士)の連携強化が不可欠であると提言されています。

Ⅰ. 裁判手続のデジタル化の現状と展望

裁判所は、「e提出(オンライン提出)」「e事件管理(電子記録管理)」「e法廷(ウェブ会議等の活用)」という「3つのe」の実現を掲げ、民事裁判手続の全面的なデジタル化を推進しています。

デジタル化の進捗

法改正により、訴状のオンライン提出や訴訟記録の電子化が段階的に進められています。裁判書類をオンラインで提出できるシステム「mints(ミンツ)」は全国の裁判所で導入が進み、ウェブ会議も広く活用されるようになりました。これらの取り組みは、令和8(2026)年5月までの全面施行を目指して進められています。

デジタル化の利点と課題

デジタル化には多くの利点があります。

  • 当事者の負担軽減: 書類の印刷や郵送の手間が省け、遠隔地からでも手続に参加しやすくなります。
  • 業務効率化: 裁判所・弁護士双方の事務作業が効率化され、記録の共有も容易になります。
  • 新たな参加機会: パニック障害を持つ方でも自宅から安心して参加できた事例も報告されています。

一方で、デジタルツールの利用が目的化してはいけないという課題も指摘されています。例えば、裁判所からのオンラインでの連絡を一部の弁護士が見落とすといった問題も起きており、関係者全員が新しい運用方法に慣れていく必要があります。また、ウェブ調停では対面ほどの情報が得られない場合もあり、事案に応じた使い分けが重要です。

Ⅱ. 地方裁判所における民事第一審訴訟事件の概況及び実情

民事裁判の平均審理期間は、残念ながら長期化する傾向にあります。特に、裁判の初期段階で争点を整理する手続に時間がかかっています。

事件概況

令和6(2024)年の民事第一審訴訟全体の平均審理期間は9.2ヶ月でした。特に、建物の欠陥を争う「建築瑕疵損害賠償」(26.9ヶ月)や「医療損害賠償」(24.9ヶ月)といった専門的な事件で期間が長くなる傾向が見られます。

争点整理の実情と課題

審理を効率化するため、裁判の序盤で裁判官と当事者が口頭で主要な争点を確認する「序盤の口頭協議」が広く行われています。これにより、その後の主張や証拠提出を的確に行えるようになります。しかし、一部の弁護士にはこの協議の意義が十分に浸透していないという課題も指摘されており、裁判所と弁護士会が連携して理解を深める努力が求められています。

合議体による審理の現状と課題

複雑で難しい事件は、一人の裁判官(単独体)ではなく、三人の裁判官(合議体)で審理します。合議審理は多角的な視点で判断できるメリットがありますが、弁護士側が「この事件は合議で審理してほしい」と申し出ることにためらいを感じる実情があるようです。裁判所には、弁護士がためらわずに上申できるような環境づくりが期待されています。

Ⅲ. 地方裁判所における刑事通常第一審事件の概況及び実情

刑事裁判も、特に被告人が罪を否認している事件や裁判員裁判で審理期間が長期化しています。

事件概況

令和6(2024)年の全体の平均審理期間は3.9ヶ月でしたが、罪を認めている「自白事件」(3.3ヶ月)に対し、罪を否認している「否認事件」は11.4ヶ月と、大きな差があります。裁判員裁判対象事件も長期化傾向にあります。

長期化要因

長期化の背景には、以下のような要因があります。

  1. 事件内容の複雑化: 防犯カメラやSNSなど客観的証拠が増え、その分析に時間がかかる。
  2. 専門的知見の必要性: 責任能力や法医学など、専門家の意見が必要な事件の増加。
  3. 広範な証拠開示請求: 弁護側からの広範な証拠開示請求に対応するための時間。

また、裁判員制度が始まった当初に比べて、裁判所・検察・弁護士の間の協力的な雰囲気が薄れ、立場の違いが先鋭化しているとの厳しい意見も出ています。

Ⅳ. 家庭裁判所における家事事件及び人事訴訟事件の概況及び実情等

離婚や遺産分割などを扱う家事事件も、一部で審理期間が長引いています。

家事事件・人事訴訟事件の概況

離婚などを扱う人事訴訟の平均審理期間は14.8ヶ月と長期化が続いています。特に、財産分与が争点となる事件(19.2ヶ月)では、審理が長引く傾向が顕著です。報告書は、財産分与の審理の長期化が、全体の長期化の主な原因であると指摘しています。

長期化要因と改善の取り組み

長期化の要因として、根拠の薄い財産開示要求や、感情的な対立などが挙げられています。改善策として、ウェブ会議の活用や、審理モデル(標準的な手続の進め方)を裁判所と弁護士会で共有するなどの取り組みが進められていますが、調停期日の間隔はコロナ禍前の水準に完全には戻っておらず、更なる努力が必要です。

Ⅴ. 結論と提言

報告書は、裁判の迅速化が依然として重要な課題であり、デジタル化がその解決策の一つとして期待されていることを明確に示しています。

  • デジタル化の徹底: 「3つのe」を全面的に導入・活用し、審理の効率化と当事者の負担軽減を図るべきです。
  • 争点整理の強化と共通認識の醸成: 各分野で、早期かつ実質的な争点整理をさらに進める必要があります。裁判官と弁護士の間で効果的な進め方について共通認識を醸成することが重要です。
  • 長期化要因への個別対応: 複雑な事件や、財産分与・DVなど特定の要因を抱える事件には、事案に応じたきめ細やかな対応が求められます。
  • 法曹三者の連携強化: 迅速化は、裁判所、検察、弁護士の「法曹三者」の協力なしには実現できません。共通の目標認識を持って議論を深め、実効的な運用改善を続けることが不可欠です。

まとめ

第11回迅速化検証報告書は、裁判手続のデジタル化という大きな変革期における現状と課題を浮き彫りにしました。特に、mints導入などの進展がある一方で、民事・刑事・家事の各分野で審理期間が長期化している点は看過できません。この課題の克服には、単なるツールの導入に留まらず、法曹三者が連携し、新たな運用ルールや共通認識を築くことが不可欠です。本報告書の提言を実務に活かし、国民にとってより利用しやすく、迅速で公正な司法を実現するための継続的な努力が求められます。

【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、 法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。

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