【最高裁判例】障害福祉サービスは65歳で打ち切り?「介護保険が優先」とした最高裁判決の意味は:最判令和7年7月17日
令和7(2025)年7月26日
「65歳になったら、今まで受けていた障害福祉サービスが使えなくなるかもしれない…」
「介護保険に切り替わると、自己負担が増えてしまうのでは…」
長年、障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)による障害福祉サービスを利用して、生活を支えてこられた方やそのご家族にとって、65歳という年齢は、大きな不安を伴う節目かもしれません。いわゆる「65歳の壁」問題です。
先般、この「障害福祉サービス」と「介護保険サービス」の関係について、最高裁判所が新たな判断を示しました。
この記事のポイント
- そもそも「障害福祉サービス」と「介護保険サービス」はどういう関係なの?
- 今回の最高裁判決は、具体的にどのようなケースで、何を判断したの?
- この判決は、私たちの生活にどう影響するの?
そもそも「障害福祉サービス」と「介護保険サービス」の関係とは?
2つの制度の目的
- 障害福祉サービス(根拠法:障害者総合支援法)
障害のある方が、その人らしく自立した日常生活や社会生活を送れるように支援するための制度です。年齢に関係なく、障害の程度や種類に応じて必要なサービスが提供されます。 - 介護保険サービス(根拠法:介護保険法)
主に65歳以上の方が、要介護状態や要支援状態になったときに、介護サービスを受けられるように社会全体で支える制度です。
(参考:厚生労働省「障害福祉サービスについて」)
このように、もともと目的の違う制度ですが、例えば「自宅に来てもらって身の回りの手伝いをしてもらう」といったサービス(障害福祉では「居宅介護」、介護保険では「訪問介護」)は、内容がとてもよく似ています。
「介護保険優先の原則」とは?
そこで法律は、65歳以上の方で、両方の制度から同じようなサービスを受けられる状態にある場合、原則として「介護保険」が優先されると定めています。これを「介護保険優先の原則」と呼びます。
これは、「どちらの制度財源から費用を出すか」という国のルールであり、この原則があるために「65歳の壁」が生じているのです。
参考:障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律
第7条 自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)の規定による介護給付、健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定による療養の給付その他の法令に基づく給付又は事業であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受け、又は利用することができるときは政令で定める限度において、当該政令で定める給付又は事業以外の給付であって国又は地方公共団体の負担において自立支援給付に相当するものが行われたときはその限度において、行わない。
今回の最高裁判決、何が争われたの?(事案の概要)
それでは、今回の最高裁判決がどのような事案だったのか、登場人物を「Aさん」と「市」として見ていきましょう。
- Aさん(原告/被上告人): 身体に重い障害があり、長年、障害福祉サービスの「居宅介護」を利用してきた。利用者負担はゼロだった(市町村民税非課税世帯)。
- 市(被告/上告人): Aさんに障害福祉サービスを提供してきた自治体。
【裁判に至る流れ】
- Aさんが65歳になるのを機に、これまでと同じ内容の「居宅介護」のサービス継続を市に申請しました。
- 市はAさんに対し、「65歳以上なので、まずは介護保険の『要介護認定』を申請してください。そうしないと、介護保険でどれだけサービスが受けられるか分からず、障害福祉サービスで上乗せすべき量が計算できません」と説明し、介護保険の申請を勧めました。
- しかし、Aさんは様々な理由から介護保険の申請をしませんでした。
- その結果、市は「介護保険で受けられるサービス量が不明なため、支給量を決定できない」として、Aさんの障害福祉サービスの申請を却下する処分を下しました。
Aさんはこの市の処分を不服として、「処分は違法だ」と裁判所に訴えたのです。
最高裁判所はどのような判断をしたのか?3つのポイント
一審、二審(高等裁判所)では判断が分かれ、最終的に最高裁判所が判断を下しました。最高裁は、「高裁の判断には誤りがあるため、もう一度審理をやり直しなさい」という結論(破棄差戻し)を出しました。
ポイント1:「介護保険優先の原則」の確認
最高裁はまず、先ほど説明した「介護保険優先の原則」が法律(障害者総合支援法第7条)で定められた明確なルールであることを確認しました。Aさんが住む市には、比較的収入の低い「境界層該当世帯」を対象に、介護保険の利用者負担を補助する事業がありました。高等裁判所は、それよりも収入が低いAさん(市町村民税非課税世帯)が補助を受けられず、利用者負担が生じるのは不公平(不均衡)だと指摘しました。しかし最高裁は、「市が独自に補助事業を行っているかどうかで、法律で決まっている介護保険優先の原則が左右されるものではない」と判断しました。
ポイント2:「利用者負担の不均衡」だけを理由に、市の処分が直ちに違法となるわけではない
介護保険を利用すると、所得に応じて一定の利用者負担が発生します。これまで負担ゼロだったAさんにとっては大きな問題です。高等裁判所も、この「不均衡」を問題視しました。しかし最高裁は、介護保険で利用者負担が生じること自体は、法律がもともと予定していることだと指摘しました。そして、利用者負担を補助する必要があるかどうかは、所得だけでなく、資産の状況や家族構成なども含めて判断されるべきものであり、単純な所得の比較だけで「不均衡だから違法」とすることはできない、との考え方を示しました。
ポイント3:市の処分が違法かは「著しく妥当性を欠くか」で判断すべき
ここが最も重要なポイントです。最高裁は、市が障害福祉サービスの支給量を決定する判断には、専門的な観点から幅広い裁量が認められているとしました。その上で、市の処分が違法になるのは、
- 判断の基礎となる事実に誤りがある
- 考慮すべきでないことを考慮した、または、考慮すべきことをしなかった
- その結果、社会の常識に照らして、著しく妥当性を欠く
といった、よほどひどい場合に限られる、という枠組みを示しました。今回のケースで言えば、「Aさんが介護保険の申請をしない限り、市が介護保険で受けられるサービス量を計算するのは本当に不可能だったのか?」という点が、もっと慎重に審理されるべきだと最高裁は考えたのです。例えば、
- Aさんの心身の状況や生活環境からみて、他に方法がなかったのか?
- そもそも、近所に利用できる介護保険の事業所がなかった、といった特別な事情はなかったのか?
など、具体的な事情を十分に検討しないまま、「不均衡だから違法」と結論付けた高等裁判所の審理は不十分だと指摘しました。そのため、これらの点についてもう一度しっかり審理しなさい、と高裁に差し戻したのです。
まとめ:この判決から知っておくべきこと
今回の最高裁判決のポイントをまとめます。
- 従来、障害福祉サービスを受けてきた場合でも、65歳以降は「介護保険優先の原則」が適用される。
- 介護保険に切り替わることで利用者負担が生じることや、自治体の補助制度との関係で不公平(不均衡)があったとしても、それだけですぐに行政の処分が「違法」となるわけではありません。
- ただし、行政のする処分が全くの自由裁量に任されているというわけではなく、事実の基礎を欠く等により「社会通念上、著しく妥当性を欠く」ような場合には、裁量権の濫用として違法と判断される場合があります。
最高裁は、「居宅介護に係る自立支援給付申請をした者について、心身の状況等に照らして介護給付のうち自立支援給付に相当するものを受けることができると見込まれる場合においても、例えば、訪問介護に係る居宅サービス事業を行う事業所で利用可能なものが身近に存在せず、訪問介護を受けることができないなど、具体的な事実関係によっては、要介護状態区分の認定を経ることなく、なお受けることができる介護給付のうち自立支援給付に相当するものの量を算定することができる場合があることも考えられる」と言っています。
そうすると、「訪問介護に係る居宅サービス事業を行う事業所で利用可能なものが身近に存在せず、訪問介護を受けることができない」といった特段の事情があるときは、65歳以降においても障害福祉サービスを受けられる場合もあり得るといえるでしょう。
【免責事項】
本記事の内容は、執筆時点の法令・情報等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、法的アドバイスを提供するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
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