【最高裁判例】契約なしでも別荘の管理費は払うべき? ―「不当利得」に関する新しい判断―
令和7(2025)年7月13日
はじめに
「別荘地の土地を持っているが、管理会社と契約は結んでいない。それなのに管理費を請求された。支払う義務はあるのだろうか?」
このような別荘の管理費をめぐるトラブルは少なくありません。土地の価値や快適な環境を保つために管理は不可欠ですが、その費用を誰がどこまで負担するのかは、難しい問題です。
これまで、管理会社と契約していない土地の所有者に管理費の支払いを法的に命じられるかは、実務上の大きな論点でした。
この度、この問題について重要な判断を最高裁判所が示しましたので(最判令和7年6月30日)、その内容と意味を分かりやすく解説します。
事案の概要
本件は、別荘地を管理する会社(以下「管理会社」)が、土地を所有しているものの管理契約を結んでいない所有者(以下「土地所有者」)に対し、「管理によって得た利益は、法律上の正当な理由がないのに受けた利益(不当利得)にあたる」と主張し、管理費に相当する金額を支払うよう求めた裁判です。
- 管理会社の業務内容:別荘地内の道路、排水設備、街路灯といったインフラの維持管理、防犯パトロール、除草・清掃など、別荘地全体の基本的な機能を維持するための業務を行っていました。
- 土地所有者の状況:別荘地内の土地を所有していましたが、建物は建てておらず、土地を実際に利用したことはありませんでした。管理会社との間で、管理契約は結んでいませんでした。
土地所有者側は、「土地を利用しておらず具体的な利益はない」「支払いを強制するのは、誰と契約するかを自由に決められる『契約自由の原則』に反する」と主張し、請求を退けるよう求めていました。
最高裁判所の判断 ―なぜ支払義務が認められたのか―
最高裁判所は、土地所有者側の訴えを退け、管理費相当額の支払義務を認めた下級審の判断を支持しました。その判断のポイントは、主に次の3つです。
【ポイント1】土地を持っているだけで「利益」を受けている
管理会社の業務は、別荘地全体の基本的な機能を維持するために不可欠なものであり、その性質上、特定の所有者だけを利益の対象から外すことは事実上困難であると判断しました。そのため、土地を実際に利用しているかどうかに関わらず、別荘地内に土地を所有しているという事実だけで、土地の資産価値が維持されるといった利益(受益)を受けていると評価しました。
【ポイント2】一部の人が払わないと「不公平」が生じる
土地所有者は、その土地が管理された別荘地の一部であると知ったうえで土地を取得している以上、一定の費用負担が生じることは、受ける利益の対価として当然考えられているはずだと指摘しました。一部の所有者だけが負担を免れると、真面目に管理費を支払っている他の所有者との間で著しく不公平な結果になると判断しました。
【ポイント3】「契約自由の原則」よりも「コミュニティの維持」を重視
管理費を払わない人が増えると、管理業務の費用が不足し、別荘地全体の機能や環境が悪化するおそれがあります。このような事情を総合的に考えると、契約を結んでいない所有者に管理費相当額の負担を認めることは、公平の観点やコミュニティ(共同体)を維持する必要性から、契約自由の原則に反するものではないと明確に示しました。
(参考)最高裁判所が示した判断の要旨
「管理会社の業務は、別荘地が存続する限り、その基本的な機能や質を確保するために必要なものであり、全ての土地所有者に利益を及ぼす。契約していない一部の所有者だけを利益の享受から排除することは困難な性質のものである。」
「土地所有者は、管理された別荘地であることを認識して土地を取得したことは明らかである。管理契約を締結していない所有者が管理費を負担しないとすれば、支払っている他の所有者との間で不公平な結果を生じさせる。また、管理業務の提供に支障が生じ、別荘地全体の機能や質の確保に悪影響が生じるおそれがある。」
この判決が意味すること ―今後の影響―
本判決は、契約関係がない人との間での「不当利得」が成立するかどうかについて、重要な基準を示しました。
- 「利益」の範囲が広がった
これまで「利益」というと、直接的・具体的なものを指すと考えられがちでした。しかし本判決は、共同体の基盤となる施設や環境が維持されているという状態そのものも、法的に保護されるべき利益であると肯定しました。 - 「契約の自由」は絶対ではない
「契約自由の原則」は重要な権利ですが、絶対的なものではありません。共同生活における公平さや、コミュニティを維持する必要性といった、より大きな要請によって制約を受ける場合があることを示しました。
今後、同様のトラブルでは、管理業務がその共同体にとってどれだけ必要不可欠なものであり、その利益を個別に切り離すことがいかに難しいかを具体的に主張・証明していくことが、より一層重要になるでしょう。
まとめ
今回の最高裁判決は、個人の権利(契約の自由)と、共同体の利益(公平な費用負担と環境維持)とが衝突する課題に対し、司法としての一つの回答を示したものであり、実務上大きな影響を有するといえるでしょう。特に、別荘地やマンションなど、共同で管理される不動産をお持ちの方々にとって重要な意味を持つといえます。
【免責事項】
本記事は、執筆時点(2025年7月)の情報に基づく一般的な情報提供を目的としています。法的なアドバイスを提供するものではありません。個別の案件については、必ず弁護士にご相談ください。