【最高裁判例】生活保護基準引下げ訴訟、最高裁の判断とは?(いのちのとりで裁判)
令和7(2025)年6月28日
平成25(2013)年から平成27(2015)年にかけて(第2次)安倍政権下で実施された、生活保護基準(生活扶助基準額)の引下げ(平成25年厚生労働省告示第174号、平成26年厚生労働省告示第136号、平成27年厚生労働省告示第227号)を巡る一連の訴訟(通称「いのちのとりで裁判」)。
全国の地裁で判断が分かれる中、令和7(2025)年6月27日に最高裁判所が下した判決は、今後の行政と司法の関係において重要な意味を持ちます。
本記事では、この判決の主要なポイントを分かりやすく解説します。
1. 行政裁量の司法審査における枠組みの確立
まず最高裁は、生活保護基準の改定に関する厚生労働大臣の広範な裁量を改めて認めました。憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」は、国の財政事情なども含めた専門的・政策的な判断を要するため、司法は行政の判断を尊重すべきという抑制的な立場を示したのです。
【ポイント】司法審査は「判断過程」に限定
裁判所は、基準額そのものが「妥当か」を判断するのではなく、決定に至る「過程及び手続に過誤、欠落があるか否か」に審査を限定しました。これを「判断過程審査」といいます。統計などの客観的数値との関連性や、専門家の意見との整合性がチェックされることになります。
2. 「ゆがみ調整」と「デフレ調整」に関する判断
「ゆがみ調整」は適法
専門家会議(基準部会)の報告に基づき、給付体系と低所得世帯の消費実態との「ゆがみ」を調整したことについては適法と判断されました。改定率を半分に抑えた措置(いわゆる「2分の1処理」)も、子どもがいる世帯への影響を緩和する等の観点から、合理的な政策判断の範囲内と認められました。
「デフレ調整」は違法
一方で、厚労省が独自に算出した物価指数「生活扶助相当CPI」(参照:厚生労働省『生活扶助基準の毎年の改定方法等について』)に基づき、一律4.78%の引き下げを行ったことについては違法と判断されました。
最高裁は、長年の方式から物価指数のみを指標とする方式へ転換したことについて、「専門的知見に基づいた十分な説明」がなく、専門家会議での審議も欠いていた点を「正当な理由なき方法論上の断絶」であると指摘し、裁量権の逸脱または濫用に該当すると結論付けました。
3. 国家賠償請求の棄却と「権利と救済のギャップ」
最高裁は、デフレ調整は違法であったものの、国に損害賠償を命じるほどの「過失」はなかったとして、国家賠償請求(国賠)は認めませんでした。
これは、行政処分が取り消される場合の「違法性」と、国賠が認められる「違法性」の基準は異なるという判例法理に基づくものです。国賠が認められるには、単なる裁量権の逸脱・濫用にとどまらず、公務員が「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と」改定を行ったと評価される必要がありますが、今回はそこまでではなかったと判断されました。
この結果、政府の行為が違法と判断されても、それによって生じた金銭的損害が直接には賠償されないという、日本の行政訴訟における「権利と救済のギャップ」が改めて浮き彫りになりました。
4. 補足意見と反対意見
今回の判決では、裁判官の間でも意見が分かれました。林道晴裁判官の補足意見は、多数意見を補強する形で、「ゆがみ調整」と「デフレ調整」の性質の違いを明確にしました。
一方で、宇賀克也裁判長の反対意見は、ゆがみ調整における「2分の1処理」も手続的な問題を理由に違法とし、これらの手続的瑕疵は単なる「過誤」ではなく「過失」にあたるため、国家賠償請求も認めるべきであると結論付けました。
5. 判決の歴史的意義と今後の課題
本判決は、下級審の判断の分裂に終止符を打ち、同種の訴訟に対する拘束力のある先例となりました。行政が広範な裁量権を行使する際にも、合理的な説明と手続的な誠実性が求められることを確認し、政策決定における透明性と理由付けの重要性を高めました。
しかし、国家賠償のハードルは依然として高く、違法な行政行為による実効的な権利救済が困難であるという課題も残されています。
結論として、本判決は「判断過程審査」を確立し、行政手続の厳格化を促した点で「法の支配」を前進させた一方、実効的な救済のあり方という今後の司法的・立法的課題を明確にした重要な判断として評価されるでしょう。