性同一性障害を理由とするゴルフクラブ入会拒否は違法か?(※過去記事のリバイス版です)
2025年6月22日
事件の概要:性別変更を理由に入会を拒否
平成27(2015)年7月2日付の静岡新聞ネット版記事によると、静岡県内のとあるゴルフクラブへの入会を希望した女性がいました。この女性は、性同一性障害により男性から女性へ性別を変更していたのですが、それを理由にゴルフクラブへの入会(およびゴルフクラブ経営会社の株式譲渡承認)を拒否されてしまいました。
そこで、女性はゴルフクラブを相手取り、慰謝料などの支払いを求める裁判を起こしました。この裁判では、一審の静岡地裁浜松支部が女性の訴えを認め、110万円の支払いを命じる判決を下し、二審の東京高裁も同様に損害賠償を認めました。
裁判での争点:「結社の自由」vs「人格権」
原告の女性は、ゴルフクラブ側が「性別の変更」を理由に入会を拒否した行為は、「平等原則を定める憲法14条1項や、市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)26条、そして性同一性障害者の社会的不利益の解消を目的とする特例法などの趣旨に反する。そのため、社会的に許容できる限界を超えていて違法だ」と主張しました。
これに対し、ゴルフクラブ側は、「憲法21条1項によって結社の自由、そしてこれに基づく構成員を選ぶ自由が保障されている」と反論。さらに、「既存会員の不安感や困惑、競技会での混乱などが生じ、クラブが50年以上かけて築き上げてきた伝統や会員の一体感が失われるという深刻な不利益を回避するためだ」と主張して争いました。
なぜ憲法違反を直接主張しないのか?
ここで注目したいのは、原告の女性が憲法14条1項の定める「法の下の平等」を主張するだけでなく、国際人権B規約などにも触れ、「公序良俗に反し、社会的に許容しうる限界を超えて違法だ」と訴えている点です。なぜこのように、一見すると二段階の主張をしているように見えるのでしょうか?
それは、憲法が保障する権利(人権)は、基本的に「国と個人(私人)」の関係を規律するものであり、「個人と個人(私人)」の関係には、直接適用されないという考え方があるからです(間接適用説)。
例えば、A県に住む国民には所得税率100%を課し、B県に住む国民は非課税とする、というような場合は「国と個人」の関係で不平等が生じているため、憲法を直接の根拠として争えます。しかし、今回のゴルフクラブ入会拒否のように、私人間の問題では、憲法違反を直接の理由とすることはできません。このような場合、憲法は、損害賠償責任を負わせるべき違法な行為かどうかを判断する際の、一つの重要な基準として考えられます。
裁判所の判断:「人格の根幹部分を否定した」
私人間の権利衝突が問題となる場合,私的自治の観点からしても,私人相互間の関係を直接規律するものではない憲法や国際人権B規約の規定が直接適用されるものではないが,私人の行為が看過し得ない程度に他人の権利を侵害している場合,すなわち,社会通念上,相手方の権利を保護しなければならないほどに重大な権利侵害がされており,その侵害の態様,程度が上記規定等の趣旨に照らして社会的に許容しうる限界を超える場合には,不法行為上も違法になると解するのが相当である。そして,憲法14条1項や国際人権B規約26条は,上記不法行為上の違法性を検討するに当たっての基準の1つとなるものと解される。
判決文ではこのように述べられ、「社会的に許容しうる限界を超える」かどうかが、この裁判の大きなポイントになりました。
そして、一審静岡地裁浜松支部は、ゴルフクラブ側の行為について、「医学的な疾患である性同一性障害を自認した上で、医学的に承認された方法によって、自身の意思によってはどうしようもない疾患によって生じた生物的な性別と、自己認識の性別の不一致を治療することで、性別に関する自己認識を身体的にも社会的にも実現してきた原告の女性の『人格の根幹部分』をまさに否定したものにほかならない」と判断。「精神的な損害は、見過ごせないほど重大だ」と結論づけています。
裁判所はゴルフクラブ側の反論(女性会員の不安感など)に対しても、原告の女性が戸籍上も外見上も女性であり、実際に混乱が生じなかったことなどから、「具体的な根拠のない抽象的な不安に過ぎない」として退けました。
少数派が抑圧されない社会へ
私は、今回の入会拒否のような行為は、「法の下の平等」だけでなく、憲法13条が保障する「幸福追求権」の点からも問題があると考えています。
よく実態を知らないまま漠然とした不安を抱いたり、自分の価値観と合わないからといって、いたずらに嫌悪したりすることは、結果として、その社会を窮屈で息苦しいものにしてしまうのではないでしょうか。
日本社会は同調圧力が強い社会ですから、常に意識していないと、たやすく少数派の人々が抑圧されてしまうのではないかと思いますが、あなたはどうお考えになりますか?